2015-10-06

好きな街ー御茶ノ水

大学に入って、最初に東京に触れた。

生まれ育った、海と野山の街とは違う。

御茶ノ水駅の橋。いろいろな大学の密集。自分の通う大学は早稲田なのに、なぜか、御茶ノ水が大学の街という感覚。

もう面影も消えつつある程の変貌の中に、微かに感じる、懐かしい感覚。

大学紛争も終わったあとの1976年の御茶ノ水。
もう40年も昔のことだ。
18歳だった頃の感覚。
まだ繁栄の若者の街だった頃の記憶。

2014-06-23

早稲田の20年

早稲田大学、文学部の近く、太公望が、閉店となる。
店主の健康問題。
初めて訪れたのは、1999年かな。
女子学生に連れられて入った。
もう15年か。
店は20年やったらしい。
あと、2日で、閉店。
みなさん、行ってあげて。

2014-03-19

手術

たいした手術ではないと思いつつ、全身麻酔となると緊張する。
承諾書に何枚もサインするのもそうだ。
ブラもけっこう大きかったが、しっかり切除した 、うまくいったというので、良かった。
左肺にも、同様のブラがあるから、また破裂するかもしれない。破裂しやすいブラということだ。
しかし、これまでの健康診断ではっけんできなかったのか、それとも高校の健康診断では、レントゲン写真は撮らないのか。

2014-03-14

気胸

気胸。
24時間以上我慢したので、肺は65%程度まで縮小、酸素もひくいので、来週、手術。

2014-03-04

六本木会議

六本木で会議が終わるのが、夜というのは、町に出たとき落ち着かない。
意を決して、直帰。

2014-03-02

3月も忙しい

やっと4頁の原稿を提出した。
先週,書けなかったのは,なぜか疲労感か・・・。
書けば書ける,という原稿は遅くなる。
おまけに寝冷えして,調子はいまひとつ。

土曜の歯科予約をすっかり忘れて,焦る。朝は覚えていたのに・・・。

喘息ではない(発作はない)が,咳が出て困る。オルベスコを増量し緩慢な抑制。
努力性肺活量の1秒率が67%しかない。

簡易検査によれば,就寝中はほぼ,ずっと鼾をかいている。
以前は飲んだ時だけだったが,今は飲まない日も,口内がからからに乾く。
一晩で,百数十回の睡眠時無呼吸を繰り返し,最大で110秒・酸素65%に低下。
そのうち,寝たまま窒息死するかもな。

熟睡していないと思われ,疲れが取れず,かたもコル。

体重を78Kgから68Kgくらいに落とせば,ほぼすべての測定値は改善するもよう。

30分くらいの距離なら,車を使わず,歩く。ただし休日の場合で,時間のある時。

ゴルフの練習場に行く。フィットネスクラブも再開してみるか。




2014-02-03

株街狼

THE WOLF OF WALL STREET
が公開されたので観てみた。
この前,DVDでギャツビーを観たせいか,ディカプリオの成り上がり者の演技がだぶる。
ロバートレッドフォードのギャツビーも,同時代に観ておくべきであった・・・。

ふと,ラストエンペラーもDVDで,封切りを劇場で観て以来,鑑賞。これは正月の新聞の出版広告につられて『禁城の虜』を買って読んだせい。
出演者が英語をしゃべっているのが,非常に不自然である。会話が中国語でないから,とてもヘンな感じ。ひょっとして,こいつら世界中の人間が英語をしゃべるとでも思っているんじゃねえのか?
そういえば,フランスやイタリアが舞台なのに,英語でしゃべっている映画が何本もあるが,そのノリですか。今更ながら,へんだよなあ,と思う。たまに,中国語が入ると,ますます不自然が強調される。
ジョンストンが英語を教える場面はどうなるか,なんて考えたら,妙な感じで映画にのめりこめない。
英語でしゃべりながら,習字は漢字を書いているし,紅衛兵は中国語で造反有理なんて叫ぶというありさま。

権力は,それを得ると何をするか。つまり贅沢をするのだけれど,快楽を追及する。高級品の購入,肉体的快楽,精神的快楽,権力の確認としての横暴,権力の頂点は,堕落と没落だから,クスリ。

成り上がりは一代で成り下がる。
生まれた時からのお金持ちと,成り上がり。

不幸に産まれた者は,幸福を強く追及する人生を進んでしまう。
空気を吸うように,幸福な人生を歩むことができない。

2013-12-14

思い出

こどもの頃、クリスマスには、ケーキと紅茶が、楽しみで、小学生までサンタクロースのプレゼント。
節分には大声で、家族揃って、鬼は外。
年末には、餅つきで、おおわらわ。

そういう思い出を、自分のこどもには、残してやれなかつた。

いつの間にか、二十歳になってしまい、買い物し、40階のレストランでお祝い。
最後に、突然、プレゼント。
初めて、の。
びっくりして、嬉しい。

2013-10-27

秋天

青き秋空
なんと生存にとって容易か
フィジカルに生物であることを
認識させる

現代中国

現代中国の体制,だんだん,明確に,キライになってきた。
文革以降の中国を,というべきか。

2013-10-13

忘れずに

問題利用の申請を書いておこう。センター名で。
政府はよいが、各社向けに。
ほかにないかなあ。

2013-10-05

陰謀

 これまで、ガイジンに王の55号を更新させなかった日本プロ野球の、敬遠攻め以上に、凱旋門賞で日本馬を優勝させるなんて、フランス、いやヨーロッパの伝統と誇りが許さない。

ディープインパクトの時は、優勝の可能性が誰の眼にも高く思えた。NHKが中継したのである。
しかし3位に終わる。いや、終わらず禁止薬物で失格。これは、ディープインパクトが優勝した場合でも,あとから失格になるように仕組まれた陰謀であった。フランスで風邪気味になったディープインパクト。当地で相談した獣医が噴霧したクスリは禁止薬物であった。

 昨年のオルフェーヴルは優勝も同然だったが、ゴール直前で失速。これはフランス人騎手のスミヨンが圧力を受けて、素人の眼には分からない八百長をしでかした結果であった。
 スミヨンはまだゴールしていないのに、手綱をひいている。世間ではオルフェーヴルの悪癖で内側によれたといわれているが、軽く手綱で伝えればできるワザである。しかも、オルフェーヴルは、ゴール直前で手前を変えている。コーナーをまわる際にやることをなぜゴール前でやるのか。スロービデオで見ると分かるが、オルフェーヴルは少しジャンプしているのが見える。手前を変えている。
これらは、すべてオルフェーヴルの悪癖に帰着させられている。だから、池江調教師は、繰り返し、インタビューなどで「癖が矯正された」ことを強調して、スミヨンの八百長を封じた。同じことがことしは出来ないように。

 ことしも、ファーブル調教師が五頭出して、集団でレースを作り、オルフェーヴルとキズナを邪魔する計画だ。

 しかし、日本から2頭も出るため、レースのコントロールは難しい。オルフェーヴルを封じても、キズナが最後方から差し切ることもある。

 日本人を騙して、禁止薬物をかける手は,さすがに日本人もバカではないから,もう使えない。

そこで、優勝しても、その価値を下げるために、ドイツに圧力をかけ、直前で、ノヴェリストの出走を取り消したのである。「まともなメンバーのいない年だから日本馬が勝っただけだ」と宣伝できるように。
 ノヴェリストほどの,強靭で完全な管理をされている馬が,熱が出ちゃった,なんて幼稚園の登校拒否理由のような下手な理由で。

というような陰謀説が,まことしやかに信じられそうな長い日々であった。

明日,その結果が出る。


2013-09-05

備忘

鴎外は三種類のノートをつけていたという。
どこで、読んだのだったか?

2013-08-18

歴史

歴史の学び方、あるいは、学校教育の方法。
現代から、はじめては、どうだろうか。
最初は歴史という感覚がないかもしれない。目の前の現実たから。しかし歴史的現在の問題意識から始め、それがなぜ、そうなっているかを、考えて行く。
起点とか、転換点というものがあることごわかる。
現在。太平洋戦争。明治維新。江戸時代。鎌倉。
権力の交代と、戦争。制度、民衆と歴史的人物。文化、思想、産業、、、
最後は、どこまで遡れるか。国家の成立。国家以前。人類の誕生。生物の進化。地球の誕生。宇宙の誕生。そういう思いで三学期の歴史の授業が終わる。




2013-08-17

対称的

synmetric は幾何学的にも美しいが,人体など生物もsynmetricになっている。細部ではそう単純ではないが,おおよそのところでは,左右や上下などで構成されている。全体は円である。男女は凹凸ほど単純ではないかも知れないが,対という概念もまた通底する。

マー君がすごい。対照的なのはハンカチ王子。

甲子園の人気者は必ずしもプロのエースとは限らない,と一般化しそうだが,どれくらい一般法則かは分析してみないとわからない。ダルも甲子園での優勝はなかった。太田幸司もプロではだめだった。
しかし桑田や清原は優勝して,プロでもエース。チームと個人との関係もある。

若者の活躍はまぶしい。それは自分の老いた証拠か。一方で,年齢は相対的なものに過ぎない,とも思う。


2013-07-28

終わったものの

選挙は終わったが、休日にやるべきことは山積みのママ・・・


(0)とはいえ仕事の持ち帰り。月曜の仕事のための2つの準備

会社員としての就業以外は、やはり学会関連が多いか・・・・・・
(1)あれを作ること。関係者に迷惑をかけないように。
(2)査読
(3)採点

(4)セミナー準備。すぐやってくる。
(5)委員会のための準備。内容は楽しいが・・・
(6)あの審査。すこし時間があるが。
(7)あの原稿。こんどはとりまとめだけだが・・・・
(8)書評。まだ時間ある。
(9)本の執筆依頼。いい企画で、引き受けた。しかし遅い原稿で迷惑かけるか・・・
(10)校正。断念。

2013-06-15

組織と反逆

クーデターできる程度の健全が残っていたということか,
シンプルな権力闘争の合法的現象形態に過ぎないのか。

組織が強い結束をもつとき,リーダーが凡暗であることの悲惨を
私たちはおよそ連合赤軍の粛清への過程にみた。
解任ルールがないもとで権力者が無能な場合ほど悲劇はない。

組織の目的の崇高や利害関係の大きさに従って,危険も増す。
セクトから出たわけではない全共闘の組織的ないい加減さと
出入り自由の組織的な無碍があっても,組織内の意思決定の
一貫性があれば,結束できる。

権力の集中と,組織の規律を忌み嫌う心性がどこかにあるとしたら
中学生のときの粛清か。

開かれない組織はだめである。

日本中が暗く,重く,抜け道がなかった感覚。

私たちの世代が,その反転のような待望として登場した歌謡は
ユーミンのような後ろめたさのない軽薄な感覚が必要だった。

人類は季節の発情期はないが,生涯に思春期という発情期が
訪れれば,ずっと発情可能で,その最初の恋心を歌うという
古典的な場所。

遠山美枝子も,ふつうの女子大生のように生きたかもしれないのに。

デビューしたころのユーミンは,自分と等身大で詩と曲ができた
格別の才能。
魔法の鏡,なんて少女のような詩とはいえ,誰しも最初の恋心で
共通して感じる普遍性を言葉と音にした。ストーカーと紙一重の恋心。
結婚後は,OLイチコロSONGの量産と資産形成にさすがに嫌味も
感じないわけではないが,還暦目前まで発情期SONGを創作可能
という才能は傑出。

一方,中島みゆきの詩は,もう少し言葉を象徴化している。それが
分かりにくさや,拡大や,深さになっている。
応援歌としては中島みゆきのほうが,励まされる。
宙船,は応援歌の系列では,その後の時代を肯定的にみることができる。
必ずしも痛い女ばかり歌うわけではない,ところがカワイイ。

しかし仕上げは1980年代にならなければ,後ろ髪を断裁できなかった。
漫才ブームはそこに必然的に出現した。タモリやタケシの開放感が
時代そのものであった。

そうしてバブルがやってくる。私たちの世代も若かったのだ。
さんまでさえ,結婚してしまうような物語が成立しえた。

もちろん,一方で,私たちの下の世代には閉塞感を強めていたようで,
卒業,のような状況になったわけだが,まったく意外であった。
一般論としては,ガラスでも割るしか,やりきれない気持ちは理解できるが,
行動にはいたらなかった。そういう意味でも私たちの世代は,「はざま」で
あったかも知れない。









2013-06-08

ころぶ

恥ずかしくて,内緒にしているが
先日,渋谷駅で,酔っ払ってころんだ。

あたらしい渋谷駅はまだよくわからない。
夜遅く,急いで乗ろうとしたら,のぼりと下りを
間違えた。
エスカレータに乗った瞬間,気が付き,振り向くと
まだいまなら戻れる! 人もいない!
と瞬間的に判断して,エスカレータを逆走して,最後のてっぺん
まできて,さあ,と思ったら前のめりに転んで,なんとか到達。
左半身側に倒れて,左腕が痛い。左足も打ったが,スーツは
汚れていないので,そのまま。

じゃっかん,人に見られてしまった。

酔っていたし,エスカレータの逆走はいかんよなあ。。。

だれの責任か -標本誤差-

標本誤差について,

(A)
標準誤差の2倍,あるいは,1.96倍の式を示して,
これを標本誤差という,と解説しているテキストがある。

(B)
ふつう大学の統計学の授業で学習すると,標本誤差は
母数-標本統計量
π-p
であると習う。

標本誤差の説明(A)はかなり流通しており,もはや
修正不可能と思われる。

社会学や社会統計学のテキストが源流だろうか・・・?

缶が破裂

キリンのフリーをひと箱,カクヤスで買って
新しく買った小さな冷蔵庫に入れておいた。
このところ暑くなかったので,しばらく放置。
昨夜,飲もうと思って,冷蔵庫を開けたら
缶が破裂していた!

冷蔵庫は冷えていない。ドアが開いていたのかなあ?
スイッチが0に合わせてあるから,冷えていなかった
と思われるが,買った当初は,ここで2本くらい
冷やして飲んだからおかしい。
あやしいのは息子だが,知らぬ存ぜぬである・・・・。

2013-06-02

巣立ち

道路の真ん中に、カラスがヨチヨチ。まだ十分に飛べないのに、巣から出たのだろう。電線におやガラスがとまつて監視している。このままでは、轢かれる。クルマが途絶えたので、子ガラスを路傍に寄せようと出たら、二羽のおやガラスが、声あげて頭上に!ひぇー!親切なのに!言葉の分からんバカ!びつくりしたあ!

アフリカ

アフリカを開発するなら、人類の最高の科学技術で、やって欲しい。公害や自然破壊なく、やれる開発。

中国

張競が、作家と中国を連載という。武田泰淳らが、1961に訪中。私は1970代に学生で訪中。まだ、おなじルートだった。

2013-05-26

静かに観ていたが、今年のダービーは夢が眼前で展開。

武豊しかり。ディープの仔しかり。凱旋門の夢。
プロの評論家を吹き飛ばした。

そして、あと一歩。血の涙であろう二年連続の僅差二位。エピファと福永。

2013-05-25

フクシマ

始発で福島に行く。初めての福島だが、どんな所だろう?

2013-05-19

コンテンツ

面白そうで、今ひとつなのが、日曜日の永井均の連載かなあ。まだ、始まったばかりだが。
夕刊の家康はちと面白いが、家康の女観が、ということ。
富士重工社長は面白かった。森さんだからか。

DNA

遺伝子検査をしてみたい。どこへ行けばいいのか分からない。
医者に聞けばよかつた。
私は、気管支が弱いが、遺伝子はどうなっているのか。

ゴルフ

岡本綾子の、ナイスバーディ事件は覚えているが、当時から、なんで、泣くほど恥ずかしいのか分からないほど、ゴルフを知らない。
みんなが、楽しそうなので、密かに、と思ってスクールに問い合わせしたが、そこまで。結局、始める時間と強い興味なし。ただ、みんなが、楽しそうに行くので、羨ましい。
綾子の履歴書の傑作は、氷柱事件だ。
リトルツリーというインディアンの小説を思い出した。







レンタル彼氏

中国で流行?というか、一部の現象かと思うが、中国こそ女性が働きにくいか、男性や社会の協力の期待値が低いということになる。
ハリウッドなら映画の脚本になりそう。
もちろん、最後は、レンタルのつもりが、本気で愛して結婚するという展開。
もつとも中国では、あり得ないメロドラマ。徹底的にレンタルに過ぎない。
ただ、見抜けない親も駄目だ。

読めない記事

幼児の我が子を虐待して殺したという報道だけは、読めない、聞けない。
人間のなし得る行為であるけれど。

殺鼠剤

殺鼠剤は殺チュー剤と読むのかと思ったが、違った。
抵抗力持つスーパーラットが増加という。新宿三丁目を深夜歩いてたら、路傍に巨大なクマネズミのかたまり!
残飯ご馳走か?
彼らもスーパーラットだろうな。ゾッとした。

2013-05-09

らいん

LINEくらい、やらなくては、とアプリいれたら、わんさと、友達のともだちまで、わあーとひろがり、ビックリ。

一日で、アンインストール。結局、つかわず。

副産物は、営業メールがくるようになったこと。全く、だれのつながりか?

ばなな

NHKでよしもとばななが出ていて,はじめてじっくりみた。
ふ~ん。
時代をすなおに成長したんだなあ,と思った。


Q: いまいちばん会ってみたい人は?
A: 吉本多子と川口光



2013-01-27

逃避

先にやるべきことがあるのに,せっかくの休日に,余計なことをする。

世のなか,Gmailの時代らしい。安全性も高いという。

そこで,個人用のメーラーもGmailに変えてみた。
これまでのアドレスから転送されて,統一してgmail環境に設定した。
返信する際も,通常アドレスしか見えないように設定。これで,いままでどおり,会社アドレスと自宅アドレスの2つだけが,対外的にみえた状態になる。
個人用のアドレスはWEBメールで,容量も小さかったので,助かってしまった。
メーラーは自宅も職場も全部がgmailのインターフェイスになって便利。
スマホも,gmailが使える。いまさらながら便利。
ipadもgmailが便利に使える。
なんで同期,同期,と聞いてくるのか理由もわかったが,拒否。怖いこと・知らなくて不安なことはしない。

ブログはたまたまgoogleなのに,これが統一できない。いつもログアウトしてログインするのは面倒であるが,しらべる時間なし。

2013-01-20

処女作

大島渚の処女作といわれる作品を観てみた。
鳩を売る少年である。

大島渚の作品は「愛のコリーダ」を同時代に観たくらいである。
「日本の夜と霧」は,かなり後年に観たことがある。

処女作からずっと,時代とともに歩んできたという印象だろうか。

1959年という時代。

鳩,貧困,不合理,そして映画の中にみられる風景。テーマだけでなくすべてが時代とともに。

いつも怒っていたような大島渚。
時代と社会に怒っていた作品からスタートして,後年は自身もまたTVで怒っている役回り。

貧富という構図を除いてしまうと,何が残るだろうか。
性根はワルではない,すこし成績もよい少年の中の,鳩を売るうしろめたさ
鳩を売らせた母親の無学さと実感と,それでも肉親への愛と哀しさ
金持ち少女の無配慮な純真と,底の浅い心遣い
やさしい先生の,優しさの浅さ。まだ当時は残っていた(信じられた)先生の責任感の時代性

どの人物も,どの側面も,それぞれ浅く,何かに届かないもどかしさの集合になっている。
この届かない感じは,大島が表現したい意図だったのか,結果として受け取った私たちの受感か。

どうしても食い詰めたら,泥棒だってなんだって,やったっていいんだぜ

そういうメッセージにはなっていない。そいういう作品だったらいいのに。

余裕をもって観ていられなくなったのは,最後の鳩を撃つシーンだけであった。
ここだけは,うろたえた。

なぜだろうか。金持ちの少女の行為として想像できなかったし,ふさわしくなかったし,文脈からして唐突であったし,すべてを理解している兄が,撃つ,という結論も意外だった,からであるが。

もし大島が,この場面のほうに,メッセージを込めたとしたら,降参。

もし撃たない作品だったら,ただの作品になっていた。
なぜなら,撃たない優しさは動物愛護的な浅い優しさに過ぎないのに,そんな金持ち少女が,愛護的優しさの微塵もない行為。ただの時代性なのか,メッセージなのか。

死んだ動物を描く,すこし頭の弱い妹,という伏線とともに,打ち殺す,
ここが深いのか,浅いのか,わからず,降参。

妹の暗喩,撃つ暗喩,これが暗喩なら降参。

2013-01-13

咳という現象形態と本質的要因

あるいは,顕在化された呼吸現象の潜在要因における諸類型の試み

というような気分の論文タイトル的な日々が昨年後半であった。

ようするに,昨年は後半の半年,よく咳が出た。

時に,やや苦しく,しばらくはやや安静であったり,また風邪をひけば混合現象として攪乱され,という日々であった。
ただし,風邪のような風邪らしい咳ではなく,しわがれた老人の”けほ,けほ”というような情けない咳の場合が多かった。

診療所→街の内科→近所の耳鼻咽喉科→別の内科→駅前の耳鼻咽喉科
と,診断の平行テストを試みたが,どこも自分の診療科の古典的な処方をするだけだったので,
(耳鼻科は鼻に関心と処方が集中し,内科は肺のことを真っ先に気にして・・・)
ふたたび診療所に振り出しになって,老先生に「日本で一番信頼できる医者と医院を紹介してくれ,徹底的に検査して,真因を明確化したいのだ」と訴えて,呼吸器の大家?に紹介状を書いてもらい,
いよいよ明日は検査という前日は,準備万端整えていたところ,ちょっと飲みに行くかと寄った深夜型のゴールデン街で,「いや,ちょっと喉が不調で明日は検査だし」といいつつ,そのうち忘れて不摂生。

それはともかく,検査結果。
測定誤差も考慮して,11/27と12/11の2回とも,同じ検査をしてもらった。

検査といっても,息を吐き出すだけの簡単な検査で,すこしがっかり。こんなんで大丈夫か?とやや心細い。予想していたのは,血液はじめ各種体液の精査と,最新式の光学式検査装置の中に入れられて・・中からも外からも,臨床的にも,あらゆる角度から,というものだったのに。

呼吸機能検査報告書をみると・・・・

肺活量は予測値の124%,129%で,これなら人間ドックでも「ああ,立派ですね。お若い!」とか言われて,通過してしまうわけだ。

問題はフローボリューム曲線(FVC)であった。ピークフローは120%くらいで,なかなかいいのだが,そのあとの呼気の過程がだめであった。
実感的にいうと,「ふぅー!」と吐くのであるが,しっかり吐けないというか,へなへなとなってしまう
というのは極端な表現だが,なんというか,力が出ないというか,しっかりと踏ん張れないというか,そんな吐き方,呼気の勢力,桃色吐息か青色吐息か・・・。

そのプロセスの百分位の値は,100%点では120%もあったのに,75%点,50%点,25%点と進むにつれて,予測値の60%,40%,20%というくらいの調子で下回ってしまい,だめなのである。
(かといって100分の講義はできるし,カラオケで数曲は絶唱できるわけであるが)

このグラフをみると,正常であれば三角形のような下がり方なのに,三角形の頂点の右側がへこんだ形になってしまう。

やはり気管支に,なんらかの炎症があるのでしょう,という結論になる。これがアレルギー性か非アレルギー性かは不明。しかし気管支はなんらかの継続的な状態になっていることは間違いない。

これまで,こんな自覚はないが,もとから弱いのではないかとも言われる。しかし小児喘息と言われたこともなし。

さすがに60年近く,呼吸を休まず継続してきたので,臓器のうちの弱いところから,耐用年数に到達しつつあるのかも知れない。
人それぞれ,歯茎とか,眼とか,膝とか,弱ってくるわけである。
きょうの朝刊で津島祐子が腰痛を文化欄で書いていたが,腰も大切。
(やっぱり顔つきは太宰治に似ているなあ)

肺,心臓,肝臓,脳の検査は大丈夫,コレステロール問題は,運動して痩せれば大丈夫。時間的余裕があれば,きちんと歯磨き(電動式かったまま使ったことなし)。

可逆性試験の改善率は180CCという微妙な値ということらしい。喘息と断定できないが,改善効果が認められるから,喘息のような状態に近いことになっている。

もらった薬はオルベスコ。調べたら,喘息の薬。ステロイドである。副作用はほとんどない超安全という説明であったが。
即効性はないので,3か月くらい,毎日吸引している。ここのところ,咳はあまり出ない。このまま消えてくれ。

咳がとまりにくいとき,即効性のあるサルタノールを2回吸引したが,咳がとまる。やはり俺は喘息なのか?
医者には内緒で,麻薬性の水薬も,飲むと効く。

気管支が弱い男であることが判明した。こうなると晩年は,ゴッドファーザーのマーロン・ブランドのようなしわがれた声で,ということになる。




2012-12-31

アンケート

やはり「野生時代」のアンケートは面白かったな。
ちょうど東京に出てきたころ,「野生時代」という雑誌があった(今でもあるのかな)。
こういう回答であれば,プリコード形式よりも,ずっと意味深淵で有効である。
回答そのものが表現になっている。人となりを映す。
くだらぬ質問には,くだらぬ回答を誘発,といいたいところだが,優れた回答に向上させることもある。

『思想の基準をめぐって』の最後に収録されていた。抜粋しておこう。順変更。



Q:あなたは一言でいうとどんな性格ですか?
A:戦闘的受動性

Q:あなたのもっとも嫌いなタイプの人間は?
A:正義をたのみにする者,集団をたのみにする輩。

Q:あの人に一言
A:わが敵たちに一言。「図に乗るな」

Q:いま,いちばん阻止してみたいものは?
A:進歩反動と保守反動



Q:プロ野球,ひいきのチームは
A:阪神タイガース

Q:洋の東西を問わず好きな女優は?
A:おりません

Q:いまいちばん会ってみたい人は?
A:特になし

Q:いま最も気になる人物は?
A:宮沢賢治

Q:いまちょっとのぞいてみたいもの?
A:木の裏

Q:いまいちばん欲しいものは?
A:自動車とスポーツ・シューズ(注)

(注)これは自転車の誤植であると思うが,自転車では貧弱だと思った編集者が訂正してくれたともうけとれる。とにかく欲しいものの100番目としても自動車は入ってこない。また心の軌跡もないから,たぶん自転車で間違いないとおもう。 (吉本記)






Q:あなたのいちばん好きな場所は?
A:映画館の中

Q:好きなお祭りは?
A:根津権現のお祭り

Q:もっとも怖いものは?
A:高い所(高所恐怖症)

Q:いちばん好きなテレビ番組は?
A:「プロポーズ大作戦」

Q:記憶に残るプレゼントは?
A:父親手ずからつくってくれた洋ダンス。

Q:お歳暮に欲しいものは?
A:ネジ廻し

Q:身につけたいワザは?
A:とんぼ返り。

Q:あなたのラストヒーローは?
A:この辺のボスであるネコのチャーリー

Q:自分が主人公でやってみたい役は?
A:猫廻しの親方(小道具はネコジャラが一本)

Q:あの人にあげたいクリスマス・プレゼントは?
A:「まわりの野良猫」に「小屋」を

Q:隣の家に一言
A:猫をよろしく。



Q:あなたの作れる得意料理は?
A:豚(ロース薄切り)の水たき。短冊に切った人参を芯にして白菜と肉とで大輪の花の形にする。タレは,パセリとネギの微塵切り,からし,おろし玉ネギを忘れずに。

Q:われながら決まったなと思うあのシーンは?
A:よーく考えてみた。何度も考えてみたけれど,そういうことは一度もなかった。

Q:わが家の習慣?
A:毎日毎日,テレビが放映されているあいだは,つけっぱなしにしておく。




Q:もう一度生まれかわれたら何になりたいですか?
A:もうごめんだ!

いけないと思いつつ

選挙の直後から,しばらく,いくつかの分析テーマが満載になる。
論文の数本も書けそうな気がする。
研究のためではなく,仕事のため,今後の予測精度の向上のため,調査データの性質を知るための分析案が,つぎつぎに浮かんでくる。

しかし,時間はない。没頭したいと願う。年末年始は,分析三昧したい。けれど順番がある。まずは締め切りを過ぎている原稿を1本書くこと。そのあと締め切りに間に合うように,もう1本の原稿を書く。その前にもある。仕事の持ち帰りをすませること。ほかにもあった。手帳に書いてあるだろう。

そうこうしているうちに,時間はすぎていく。選挙データの分析しないまま,そのままになっていく。そして参院選が来てしまう。いけないと思いつつ。

年末年始にのんびりせず,がむしゃらにやったらどうか,と思う。

しかし,この休日って,いいよなあ。寝不足も解消できるし,映画も何本も観てしまうし。

ことしは忙しかったから,年末までは,いいでしょ。

下から目線

日曜の朝刊の読書欄に,後藤正治が吉本宅に訪問した時のことを書いている。床屋の話が中心であるが,このタイプのエピソードは昔から吉本にはあって,一面から視点を加えるものである。

後藤正治は論争における強い攻撃的文体と,日常的生活の庶民性を対比しているが,もともと論争文も同じ根源から発生している。単に知識人が嫌いだということもあるけれど,自分も大知識人だから知識人の特性のいくつかが,たとえば怯懦,女々しさ,狡猾,見栄などが攻撃の対象となる。また,いまの流行語でいえば上から目線(視線・態度)だともいえる。大衆の原像を下から目線に置換するのは,単純化しすぎだと叱られるけれど,基底には,そういう心性がある。これはパリサイ人を攻撃する新約の心性に通じている。

対照的というか正反対の知識人は丸山真男や加藤周一であったが,すでに亡くなった。

高校生の時,友人が「加藤周一がいい」というので,「羊の歌」を読んでみた。なるほど,ということでしばらくファンだった。文体を真似した。
友人には2人の兄がいて,いずれも浪人していた。目標の大学の偏差値は高いところで,そこに何度も落ちていた。
この友人んちは,朝日新聞の読者で「世界」なんかも熱心に読んでいた。今思えば,いわゆる朝日・岩波型知性の典型的な家族であった。我が家はもちろん中日新聞だから,「だめよ,中日新聞なんか読んでいちゃあ」とたしなめられたりもした。進歩的というやつですか。朝日新聞の投稿欄に自分の投稿が掲載されると喜んでいた。その時以来,私はどういう投稿内容だと掲載されるのかが,わかった,ような気がした。
友人は,そのうち「吉本も読まなくっちゃ」と言い始めた。そこで豊橋まで行って,吉本の著作集を数冊買ってきた。まったくわからない。粘着質の文体もなじめなかった。鶴見俊輔のいうような批判内容を私もまた感じたと思われる。

加藤はなにかの対談だったか,こう言っていた。

「日本人は年末になると第九と忠臣蔵なんですよ」

そのころ,第九もまともに聴いたことなく,忠臣蔵に拍手したこともなかったので,立派な知識人は第九や忠臣蔵なんか,喜んじゃいけないのだな,と17歳のボクは思った,と思う。

だいたい,子供のころからしばらく「第九」は大工だと思っていた。5番は「ジャジャジャジャーン」だと思っていた。「忠臣蔵」は中心蔵だと思っていた。テレビで忠臣蔵をみると,討ち入りの場面があって,吉良邸の庭に「お蔵」の壁が見える。この蔵がまんなかにあるような屋敷に討ち入りする話だと思っていた。
ずっとあとになって,ちゃんと忠臣蔵をみて,その意味が「忠臣であるところの大石内蔵助」の物語を短くして人形浄瑠璃の作者が「仮名手本忠臣蔵」というタイトルにした,ということかと理解した。テレビでは殿は大石のことを「おい,クラ」と呼んでいた。
それほど,子供の耳に先に入るほど,大衆化していたということである。ちなみに発音は「ちゅうしんぐら」ではなくて「ちゅうしん・クラ」であるべきだと思うが,スマホと新聞も書くくらいだから,そういう納得であろう。

「第九と忠臣蔵」発言の文脈は忘れたが,たぶん日本文化でも論じていたのであろう。ベートヴェンと浄瑠璃の矛盾なく接合する国とでもいうところか。
どこかしら,バカにされている気分になるので,知的青年としては,バカになってはいけないと啓蒙されるわけである。
ドイツも見たこともなく,浄瑠璃も本物は知らず。そういうところが加藤や丸山には,どこかしら感じられる。吉本が丸山論のはじめに「一兵卒」の体験を取り出したところも,このような背景がある。

さて,年末。すっかり「第九と忠臣蔵」的な日本人生活になっている。

大学生になってから,吉本もすこし理解できてきて,やっと言語美とマルクスの関係もわかった気がした。また,論争の文体はマルクスや太宰治からであった。
あるとき現代詩にかんする評論を読んでいて,加藤周一への言及に出会った。このときの衝撃ときたら!!

ギリシャ自然哲学をマルクスがベースにしているところまで,さかのぼり,疎外や労働の概念をつかもうとする。人間が自然になにかを加えると,人間もなにか加えられる。そういう根本的なところから弁証法もつかもうとする。

言葉を発すると,発した人間も影響を受ける。そういうことに,つながっていく。人間もまた形成される。

吉本の顔は,あくまでも,丸山や加藤のようなえらそうな知識人の顔ではなくて,船大工の息子の顔のまま,亡くなった。ちなみに「試行」のマークは鬼瓦であったが,自分の顔をモチーフに商標にしたのだと思っていた。

自分の発した言葉に,自分もまた影響を受け形成される。思想だけでなく,生活もなにもかも。その顔つきもまた,思想を反映する。

日本の,また人類の,ことし最大の精神的損失。吉本隆明の死。

むかし雑誌「野生時代」のアンケートの1問に,吉本のこんな回答があった。

Q「生まれ変わったら,何になりたい?」
A「もうごめんだ!」

吉本さんの魂よ,やすらかに眠れ!






2012-12-30

優柔不断

決められない政治
決められない私=勝負できない。
勝負師ではない,山師ではない。

ipadを手にして,wi-fi を契約しなければいけないか,便利か,と考える。
それが面倒である。
wi-fiの仕組み,優劣を勉強する気が出ない。
自宅の「普通の」無線LANと差し替えるのか,ダブルで契約するか,損か得か
外出先で,テザリングできればいいではないか主義をとるか,けちることはない主義にするか
これらが,決められない。面倒である。

で,家で「普通の?」無線LANにipadがつながった。おお,なんだ。wi-fiでなくてもいいのか。
ということで,この件は決着。

サラブレッドは好きだが,馬券を買う習慣がない。
連単と連複の違いもわからない。単勝だけは理解できる。

それでも,と思って。携帯で馬券を買えるようにセットアップしてみた。
しかし,買えない。
せめて有馬記念だけでも買おうかと思ったが,忙しかったせいだけでなく,買えなかった。

決められないのである。そして,どうでもよくなって,衝動買いする。そして損する。確率論的な準備もなく買うこともよしとできない。

一番人気とはいえ,ゴールドシップに絶対感を持つことができない。古馬の選択ができない。もし体調万全でオルフェーブルとジェンティルドンナが出ていれば,これとゴールドシップで,3連単だか,3連複だかを買うことができただろうが・・・。

で,結局は買えない。決められない。

しかも,ゴールドシップがオルフェーブルやジェンティルドンナに勝ったのか,どうか(もし両者が出ていれば)ということが,最大の関心。つまり馬券に興味がない。あまりよくない競馬ファン。


だから賭け事はできない。

安倍発言のあと円安で,気持ちが安らいだ人々は多い。
どこまで続くのかと疑念があった。選挙では安倍自民が勝てるとは限らない,とその当時は考えた。
しかし期待で金融行動が決まるのだから,様子を見てもよかったのかも知れない。
投機的なことは向いていないのだ。

2012-12-29

安倍内閣Ⅱ

第2次安倍内閣の発足直後の支持率(2012年12月28日朝刊)

毎日:52%
産経:55%
朝日:59%
-------
共同:62%
日経:62%
読売:65%

このパターンはデジャブ。
またぞろ,したり顔の「解釈」が出てくるかも知れない。
自民(または安倍)に,批判的なメディアは低く,好意的なメディアは高く・・・等々

60%を超えた3紙は,重ね聞き。
日経の一段目の支持率を見れば,わかる。

2012-12-25

先輩の死

ことし先輩が亡くなった。
まったく知らなかった。

いまの会社を紹介してくれたのだから,私の後半生の起点を作った人である。

1,2年前くらい,会長と3人で,神楽坂で食事をしたのが最後であった。
その時,いささか食が細く感じられ,また老けた印象ではあったが,死の影は感じることはなかった。

先輩は,早稲田を卒業して,IBMに入社して,そこを辞めた後,半導体製造の会社に入り,海外事業をやっていたところで,その会社もやめた。
私生活は語ることがなかった。そういうところがよかった。私の人生の暗い時期の,暗い部分での知己であった。感謝している。

結局,年賀状も出すわけでもないが,会長がたまに同窓会で会ったりした時に,消息をきくくらいであった。その同窓会も欠席が多いことであったろう。

最後は,中国人の奥さんと一緒に,中国茶の店を浅草に出して,御茶屋の主人になっていたわけであるが,死亡通知がくることもなかった。

生前,新宿のゴールデン街の話をしていた時,「江口のやっているシエロって店がある」といっていた。いまでもシエロの看板があるから,今度,行ってみようかと思っている。

しばらく,その死を知らなかった。最初にFaceBOOKをみてみた。そのままである。
私がフェイスブックに登録しただけで,ほっておいたところ,先輩がみつけてくれた。

先輩のフェイスブックはそのままになっている。

私も死んだら,ファイスブックはそのままであろうか。WEBサイトはお名前.comが存続している限り,また私の銀行口座がある限り,私の死後もそのままなのだろうが,いつか消える。

これからWEB時代は死者のページをそうしていくのであろうか。今後,人類は,無数のつぶやきを記録したまま,ただただ,容量を爆発させながら,記録を保持していくのであろうか。
Googleは世界をどう考えているのであろうか,考えていないのであろうか。

指導者の死

吉澤正先生が亡くなった。

最後は,統計検定の創設でご一緒した。

最初は,日本科学技術連盟であった。多変量解析研究会に出てこないかという誘いであった。
このきっかけは,シンポジウムで講演に招かれたことであった。

このようにして,吉澤先生は統計や多変量解析に関与している実務家を,積極的に輪の中に招き入れてくれた。
研究会はとても活発であった。奥野先生の伝統を感じることができた。そこには芳賀敏郎先生と吉澤正先生がいて,研究会をリードしていた。

私が講演したのは1994年のころのはずで,すでに統計学関係の学会にも1990年ころから入会していたので,必ずしもアカデミアと接点がなかったわけではないが,書物の著者と直接,話をするようになったのは,吉澤先生によるところが大きい。ここで多くの人々と知り合った。

研究会の様子や,それとは別にやっていた勉強会の様子は,またいずれ書いておこうかと思うが,現在,研究会の伝統は,わずかに芳賀敏郎先生にのみ,受け継がれているといっても過言ではないだろう。
通夜でお会いした芳賀敏郎先生は,吉澤先生の一回り上であるが,変わらずお元気であった。

多変量解析研究会は残念ながら,活動場所であった日本科学技術連盟の意向で,廃止されてしまった。活動を続けるには,吉澤先生に匹敵する後継者の存在が必要であったが,私にはそれをする力量はなかった。

1996年から筑波大学の社会人大学院で非常勤講師をやるようになった。吉澤先生が「やってよ」というのであるが,私のようなものが大学の先生だなんて,とんでもないと思った。あれは博士の仕事でしょ,と思った。私はただのサラリーマンです。
非常勤講師というのは不思議なもので,いちど始めると,あの人は非常勤講師をやってくれる人だと思われるのでしょうか。つぎつぎに頼まれるのです。それでかれこれ,あちこちの大学で,2012年にいたるまで,多変量解析や社会調査や,等々の非常勤講師をやっている。

筑波大学を吉澤先生が退任されたあとも,品質管理の分野で,どことなくつながりがあった。統計センターに移られたときにも,いちど若松に伺ったことがある。

しばらく,ご無沙汰だな,と思っていたが,統計検定の創設を手伝っていたところ,やはり,ここでつながった。結局,統計の世界に私が入り込んでいたということになる。

会社員であるが,すこし二足目のわらじを履いているのは,このようなわけで,吉澤先生によるところがすべての始まりであった。

2012-12-16

美人薄命

「鬼龍院花子の生涯」のクライマックスは2か所あり、いずれも原作にない。

1つは少女の松恵が、「うちが嘘をついたがや」と嘘をついて、
「お父さん!許しとおえ」「お父さん,許しとおえ」「許しとおせ」
と訴え続けるところ。

もう1つは、夫の仏前で「なめたら、なめたらいかんぜよ」と啖呵をきるところである。

いずれも高ぶる感情の切なさが、ピークに達する。映画として、いいよなあと思うところである。
2つとも転調あるいは転化による表現の重層化である。監督の手腕か脚本か。

なぜ、ここで原作を脚色したのか。
映画としては,そうでしかありえないような必然的だと思える感情の流れを創出している。

嘘はついていない,と言い張り,殴り合う。
同じ感情の流れが,ぶつかり合い,さらに,
次の段階と次元に転化して,「うちが嘘をついたがや」と重層化する。
白状したのではなく,嘘をついたと嘘をつくことにり,松江の人間性が押し出される。

骨壺のシーンはCFで何回も観て,誰でも知っているが,実は、まともに観たのは初めてである。
懇願し,うつむき,分骨を請う,犬猫以下の極道の娘と罵られ,しおれている女から,
意を決して仏前に進み出て,骨をつかむ。この転化に百万もの感情を含ませながら,
「どきや」と,凄む。

これが暴力団と任侠の差異であり,「筋を通す」人間の極限的な表現であり,
松江がただひとつ鬼龍院から肯定的に受け取った何かであった。

夏目雅子が女優になった瞬間でもある。


夏目雅子と私は同い年だが、同時代にはまったく興味がなかった。

カネボウのCMも話題になったのを横目に、美人とも思えず、
口のおおきな、パーツが大雑把な女だという印象だけであったため、
夭折の悲しみもなかった。

いまは違う。27年の生涯の精一杯を思うと、惜しみない思いが湧く。

同時代には,こちらは20歳代のぺーぺーの会社員。何者でもなく,
夏目雅子など,どうでもよかった。どうせ縁はないし,美人ならほかにもいた。

母親もさぞや,心を痛めたことであろう。どうしようもないことだと思いつつ,
大切な娘をなんとかしたいと思っていたことであろう。



「おまんら なにしゆがぜよ」

「どきや」

「あては、高知 九反田の侠客、 鬼龍院政五郎の」
「鬼政の娘じゃき」

「なめたら」 「なめたらいかんぜよ」

2012-10-07

悲願

悲願とは,悲しい願いなのか。

オルフェーブルが,牝馬4歳に,最後にかわされた。

一瞬,確信した勝利。すこし早い,と思ったが,もうちぎったからと・・・
スミヨンもそう油断したのか。

ああ,残念。

凱旋門は遠し。

数量化思想

「社会と調査」9号がきて,ざっと読んだ。
数量化の特集。

「行動計量学」の特集とは,すこし変えた特集。


森本論文:仮釈放の背景がよくわかった。
高橋論文:林の肉声の保存。思い出すね。
林文論文:ダミー変数の重回帰でなく,主効果だけの分散分析としたら・・・
吉野論文:林を伝えようとする。いつも面白い。数量化してはいけないもの。本質的なもの。愛は数量化してはいけない。なるほど。
村上論文:3類は外れ値で困る経験は多い。林の分析に外れ値はない。それが秘密だ。また,回転のこと。たしかに,因子分析になれた人が3類を使った時の戸惑いである。

佐藤コラム:ふむふむ。

2012-09-03

締切


たまっている原稿を1つ出す。
結局、締切2日前に着手、3日で書いた。
というと失礼に聞こえるが、手を動かしたのが3日ということである。
むかし五木もエッセーで似たことを言っていたが、実感。
毎日、少しずつかける人がうらやましい。

30頁原稿は3日でかけるのに、2頁原稿がまだ半分残っている。
2頁のほうが難しいのか。濃縮のせいか。
小説より、批評が、批評より、詩が、
叙事より、抒情が、抒情より、象徴が、
長いより、短いが、大変ということか。
ある緊張度の高い表現というものの力。

迷惑かけるから、引き受けないのがよさそう。
会社員だから、こういうのは就業時間外にやっているから
大変なのよ。

PCを修理に出すというハプニングもあったし、
Windows7に対応していないソフトもあったし。

お断りした方々にも、締切過ぎた人々にも、申し訳アリマセン・・・

Vivaldi Winter をFischerのバイオリンで聞きながら書いたやったんだが。


咳がなおったみたい。
3か月も継続していたのに。

4つめの医者で、やっと完治か。
1.診療所
2.ある内科
3.有名な先生のいる耳鼻咽喉科
4.老齢の先生のいる耳鼻咽喉科
と変遷。
1と2は同じ処方であった。
3は漢方薬。診察したものの、吸引くらいか。いい先生だが、自然治癒にもっていこうとしたんだな。
4はスコープ診察・治療、くすり9種類(外用薬が半分)

のどの奥まで診察して、治療したのが良かったか?
「真っ赤だった」というからなあ。
鼻から入れていたくない、人間ドックの胃カメラもこれにしてほしい。

ステロイド系がすこし気になったけれど、まあ5日くらいはいいか。
ピタリと止まった感じがする。

ずっと外出していないので、月曜から出社してみないとわからないが。



2012-08-18

スマホ

人類の発明品としては,最高傑作ではないか,スマートフォン。

遠くにいる人と,話ができる。顔も見ることができる。テレパシーではなく,スーパーマンではなく,技術的に。

iPhone4s
GALAXY S III SC-06D
それからauも,3台も使っている・・・・。
いずれもすばらしい機械。だけれど一言,ユーザーヴォイス。

複数を使っての比較として,最大の違いは操作性ではなくて,バッテリーの消耗速度。

GALAXYの消耗は早いだけでなく,スリープ状態なのに,どんどんバッテリーが減少し続けるのである。iPhoneはそんなことはない。スリープにしておけば,ほとんど減少しない。

なぜだろう。

あまりに減るので,GALAXYのバッテリーを2個買って,さらに心配で充電器も買ってしまった。消費活性化効果はあったことになるか・・・・。

OSの違いを感じる。ちょうどパソコンの Windows と Mac の違いのような,派手とシンプルというか。

MS-DOS時代に必死で節約した感覚がよみがえり,GALAXYを隅々まで探索。
まずホーム上のアイコンをすべて削除(1つだけスイカを残し)。
壁紙は当然,静止画に戻す。

いろいろDLしたアプリだが,デフォルトのように設定したものを制御。

特に同期はだめである。Facebookのアプリが同期をとるようになっていて,ずっと起動して密かに通信している。これではバッテリーが減るはずである,眠っていないのだ。iPhoneのFacebookアプリはそんな動作はしない。

この密通はいけない。


iPhone では自分で起動したアプリを時々,自分で消せば,それで消える。
GALAXYも同様に長押しで起動したアプリを全部消すことができる。ところがそれは表面的なことで,裏では,アプリが起動している。自分が起動したのではないアプリが起動している。また,消したのに,消えたふりして,裏で起きて何事かを,こそこそやっている。残って何をやっているのだろうか,バッテリーを消費して。

GALAXYの本体設定で,裏で起動しているアプリをみると,もうズラリ!
ひとつずつ消えてもらう。起きている必要はないのだ。

iPhoneではGPSを有効にしても,アプリ起動時しか作動しないようだが,GALAXYでGPSを有効にすると大変なことに。

iコンシェルの契約をやめたので,羊さんに消えてもらい,ついでにアンインストールもしようとしたら,決してアンインストールできないようになっているようで,いつも裏で起動している。

ソフトウエアの更新のメッセージがよく出る。この更新チェックを消すことができない。いつもいつも寝ないで起きてチェックしているらしい。そしてバッテリーを消費する。夜中もずっと。
iphoneでも更新メッセージが出るが,GALAXYは毎日このメッセージが出る。いつもいつもチェックしている。しかも自分でインストールしたこともないアプリなのに・・・・。
iPhoneは,そういうことはしなのい。

はじめは「更新は善だと」の信念から2,3更新をクリックしてしまったら,これまた導入する気もないのに,ずらりと待機しているアプリたち。
いったん入れたら最後,消えない。アンインストールしようとすると,アンドロイドシステム全部が消えますよ,とすごいメッセージが出る。

設定に開発者用のメニューがある。こんな恐ろしいメニューはユーザーにどうして見せる必要があるのだろうか。

わからないことがあると,手帳にメモしておいて,あとで調べたり,教えてもらったり,ということになっているのだが,
iPhoneを使い始めた時には,こんなことはしなかった・・・。

2012-08-10

統計の問題

「この記事のどこに問題があるか答えなさい」
という問題を作ることができる事例。

午前5時前に視聴率24・8% 国民の4分の1が未明に応援
2012.8.10 13:04
 10日未明にNHK総合で生中継されたロンドン五輪サッカー女子決勝の日本対アメリカ戦で、午前4時55~56分に瞬間視聴率が24・8%に達したことが10日、ビデオリサーチの調べで分かった(関東地区)。後半9分に米国が追加点を挙げた直後の場面だった。
 前半の平均視聴率は19・4%だった。ビデオリサーチが同日発表した視聴率は午前5時までで、後半の平均視聴率と瞬間最高視聴率は13日に発表される。

2012-08-05

咳をしてもひとり

ひと月ほど,とまらない咳だが,そろそろ終息か

診療所,近所の内科,そして耳鼻咽喉科と3軒

風邪(寝冷え)か,飲酒のせいか,というのが自己判断

周囲は悪い病気じゃないかというが・・・・

真の遠因を考えてみると,それよりも以前の居酒屋。
3人でうるさい居酒屋で話をしていたが,あまりにもうるさいので
熱心に説明していたところ,帰りのころにのどがつぶれた。
カラオケのやりすぎの後のように・・・

そこで喉を傷めたに違いない

100分×2の講演をしても大丈夫であったが・・

スマホに変更した。ギャラクシーS III
画面ロックのパスワードを間違えて設置してしまったようだ
どのように間違えたのか,間違え方を再現できず,結局,使えない・・・

運の悪い,今日この頃

2012-07-30

集中力

必ずしも,加齢のせいでもなく,
必ずしも,過労のせいでもなく,
なにごとも遅くなる。遅れる。

締め切りを過ぎた原稿がたまる。
6月末の原稿1つ。半分書いて,そのまま1月経過。
先週締め切りの原稿,ようやく日曜の夜に出す。
8月末の原稿未着手。
それから,それから,あれも。

集中力を自宅でも維持するために,VIVALDIの特に,Winter or Summer を流す。
電車の中では,講演がよい。南島論が長くて,よい。糸井の仕事をほめよう。
しかしPCに向かいながら,講演を流すといけない。聞いてしまうから。

声を聴いていると,生きているようだ。
漱石の時代にも,いい録音装置があればよかった。漱石の講演録,漱石の声。

2012-07-21

帰無仮説

The Double(2011)顔のないスパイをDVDでみた。

帰無仮説,P値という言葉が登場。
ただし,あの場面で
H0: 犯人はAだ
H1: 犯人はAではない
という設定で,犯人をBにするのは無理で,
友人のほうが,
H0: Bは犯人ではない
H1: Bは犯人である
としているわけだが,H1は「Bは犯人ではない,とはいえない」か。
ここの会話は,単に統計的検定を日常的に使っただけ。

字幕では「論理統計学の応用さ」となっているが
吹替では「ハーバードの統計学で起きてたやつもいたのさ」

吹替のほうが正しそうだが,リスニング能力が低く,どうしても「論理統計学」と言ったのかを確認できない。悲し。
論理統計学と言っているのかな,と思ったのがそもそものきっかけ。

字幕はずいぶん違うな・・・

2012-06-24

復活

オルフェーブルの復活。

泣けた。

やんちゃな彼は,どこへ行ってしまったのか。
7割の仕上がりで簡単に勝ってみせて,優等生になってしまったのか。

遅い流れにはならなかったから,先行策ではなかったが,
最後の走りは,強い余裕を見せた。

2012-06-23

精神と肉体

あすは宝塚記念。

ウマにも感情というか精神の影響があるなと思えるのは,低迷するオルフェーブルである。
ディープインパクト以来の強いウマの出現との思いで4冠をみたが,気持ちがレースに影響するのであろう,としか敗戦を分析できない。

あすは。メンコもとって,いつも通りで出てくるだろう。

池江も池添も,迷いで揺れているのであろう。
オルフェに任せたい,という思いと,折り合い,制御したいという思い。


オルフェの父,ステイゴールドの同世代で最強は,サイレンススズカである。
サイレンススズカもまた,気持ちよく走ることだけが重要な悲運のウマだった。
無事これ名馬,とはいかなかったが,速すぎて骨折したのか,それとも不運に過ぎないのか・・・

オルフェをみていると,サイレンススズカを思い起こす。


宝塚記念でオルフェが復活の勝利をするとしたら,持ったまま走らせて,
早めに先頭に出て,そのまま10馬身差で圧勝する。

2012-06-09

できないことは何もない

今日から梅雨入り

私の心も梅雨空だ

2012-04-15

線なし

デスクトップをやめて、17インチのノートにすることにした。

Windows7にしたら、AMOS7が動かなくなった、これで個人用はAMOSとサヨナラ。RとEQSを主体に。

キーボードとマウスを無線にするのは、すでに実施していたが、Bluetoothで、いまやUSBなどのドングルも不要で、すっきり。

しかも、ワイヤレス・ディスプレイで42インチのTV画面をPC画面にできる。TVのスピーカーも使える。

いまやケーブルが残るのは、電源のみ。

夏場のノートの熱は心配だが、いろいろ冷却用品があるらしい。

MACユーザーになりきれないところは残念。iPadも使いたいが・・・。

TeXを通常ツールにしたいが・・・。

DELLにしたのは、一番安かったから。
電話で質問したら、オンラインでこっちの画面を共有するという。つながる時代とはいえ・・・。
WEBカメラもついているのだが、そのうち見られそうな気分。

2012-03-19

歴史的競馬

オルフェの狂気か,池添の狂気か
歴史的な阪神大賞典

そのまま逃げのスタイルに移る判断はなかったのか
池添は中止するつもりだったのか
オルフェは先頭を走ると,コースが分からなくなるのか?

オルフェは池添を嫌いなのか,人間が嫌いなのか

2012-03-17

最初と最後

吉本さんを初めて見たのは学生時代だったか.

いきなり千駄木の自宅にピンポンした(ああ恥ずかしい!)
「このあたりだよな」と路地の奥に探し当てた.

きっと,こんな失礼なストーカー的な読者がたくさんいるだろうね・・・.

もちろん口実が必要だから

「試行」の購読をしたいんですけど

と見え透いた用事をいう.

 吉本さんが,直接,玄関に出てきた.
「ああ,あ」てな感じ.
奥から.吉本ばなな(に違いない)の声がして「誰~」
夕食の時間帯だった.ラーメンの匂いがしていた.

 吉本さんは.「じゃあ,ここに送り先を書いて」とかいい,
それを書いて購読料を払う.

ちょっと吉本さんを見ていたら,

「ああ,受け取り,受け取り」と言って,領収書を書いてくれた.

 そのまま玄関をあとにした.

 人生には,いくつか,恥ずかしい過去があるが,これもその1つ.

 ああ,なんて恥ずかしいことを・・・・

本を書いた

久しぶりに書きました.
強制されないと書けないところが,いけません.

アンケート調査の計画・分析入門

日科技連出版

2012-03-11

ギリギリ

確定申告やっと終了。
いつもギリギリ。なぜだろう。この余裕のない生活。
e-TAXでなかったらたいへん。

SHAME はつまらない.前評判が理解できない.駄作とは言わないが.
WAR HORCE は脚本がいいので耐えられるが,評論家が評価するほどだろうか.
まだ,最後の忠臣蔵の感動のほうがいい.日米の文化障壁か・・・

暗い空間に,ひとりでいる.スクリーンに入る.
好きな場所・・・映画館.
座席はいつでも最後列の真ん中を予約する.
最後列は,それ以前の座席とのX軸が不等であるため,気分がよい.
腕を上げたりできる.すこし行儀が悪くても迷惑にならない.
できればレイトショー.すると前の列,座席に人が座る確率が低い.足を伸ばせる.

好きな街 ・・・桜木町,とくに1970年代までの桜木町.夏も冬も.

2012-03-05

通俗性の超え方

THE GIRL WITH THE DRAGON TATTOO

謎解きだけの面白さではないところが重要なように思える。

サスペンスの背景が宗教と人間の罪であるところも、日本人としては、深刻になれない。
R15になる場面についても、Restrictedになることじたいは、いいのだけれど、現象的な問題ではなくて、卑劣さが本質的なのだから、熱演にもかかわらず、メタファーにしてもよいくらいである。

みつけたところが最終場面ではなくて、また、そこがクライマックスではなくて、本当にクライマックスだと思えたのは、つまり、ああ、いい映画だよなあ、これが映画だよなあ、と思えるのは、本当の最後の場面である。ゴミ箱に捨てるところである。

映画のタイトルは、この映画の主人公を指示しているけれど、まったく妥当である。サスペンスのストーリーそのものは、あまり重要ではないと思えるほどである。

自分のためにはしないこと、できないことでも、人のためにはできること、することがある。
それも、まんまと上手にやってのけることができる。

喜んでもらえると思って、喜んでもらいたくて、そうする。プレゼントという行為もそういうところがある。

不幸な女が、幸せになるのではなくて、やはり不幸になるところの描き方がいい。このところのためにすべての,それまでのストーリーのすべてがあるかのように。

一歩間違えば、ただの通俗的な失恋にならない、悲しみを表現できるために、あるかのように。


2012-03-03

景気

ようやく円安に進み、人々の気持ちも安らかになりつつある。

もう少しだ。もう少し。 日本経済よ.

いつでも夢を


本当の30年代の映画をみてみる。
「いつでも夢を」
わかりやすい構成
勧善懲悪
前向き、希望、未来
50年前
今思えばすこしクサイ演技

しかし、いろいろ、言ってみても、確かに昭和30年代の高度成長期の日本を
切り取っている価値は変わることがない

三丁目は、われわれの思い出のリアリティーであるが
撮影じたいが、そのまま、すべて同時代の昭和30年代

吉永小百合の映画としては「キューポラ」のほうが好きだが、
歌が先にヒットし、その歌のもつ背景を映画化した


松原智恵子は、このころから、はかないイメージだったんだな

どちらが美人かといえば、松原智恵子だけれど、
どうしても吉永小百合のほうに魅力がある
日活の戦略なのか、大衆の支持の結果なのか・・・


レコ大の歴代受賞を確認すると

「いつでも夢を」(1962)から歌える。それ以前は歌えない・知らない。5歳の耳に聞こえた最初の歌。

1985の中森明菜から歌えない。
不思議なことに五木ひろしの歌は歌えない(好きじゃない、ということだろう)

Mは22歳の死の床で、無意識の中でベッドで「見上げてごらん」を突然、歌いだしたという。

私の死の床では、この歌かも知れない



2012-02-12

1964

三丁目64 を観た.
われらの昭和30年代である.
芝居がかった演出もいい.
スカイツリーの年に,この映画,というタイミングもいい.ところで「業平」の駅名,残すべし.

「続」はいまひとつの印象もあるが,33年と64年はいい.

64は「終わり」の感じがよく出ていた.昭和39年,30年代の終わり.
もう夕日の見えなくなる東京,高速道路が走る東京,路面電車の消える東京,風景の終わりである.
1本の万年筆を大切にできた時代の終わり.

すでに高度成長は始まっているものの,東京五輪で,現象的に変わってしまう1964.

そのとき,小学1年生.

未来を感じさせるよりも,終わりの感じが出ていたところが,よい.
未来はない.どんどん給料があがり,みな大学に進学し,という表層の成長がやってくる.
これなら 「allday s二丁目の朝日」 に耐えられる.
1960年代は大学紛争で頂点に達し,1972年の連合赤軍で大衆的な気分が終わる.
つぎに時代の変わり目は1975年前後である.なにかが変わった1975年.
そのあと1985のバブルまで突き進む.1990以降の,長くころげおちる毎日・・・

どうしても,小雪だけが,ただひとり,いい女として残る映画,というのが最終評価.

2012-02-01

余裕

余裕がないと,何からやらなくなるか.

ワイシャツのアイロンがけ.
歯間ブラシ

今回,年賀状を書けなかった.
みなさん,すみません.
1月末の寒中見舞いになってしまいました.

あまり枚数はないから,なんとかなるはずなのに.
いつか12月1日なると,何百枚でも,年賀状に時間を割くような生活をしてみるか・・・.

本の原稿を書いていた.
というのも小さな嘘があり,同窓会に出る時間は割いた.

書いてみると,どうだったかなあ,と考える.
結局,書きたいことを書いた,というところだろうか.
まえがき,どうしようかとつらつら,あと数日,考えてみる.


^^^^^^^^^^^

DVDかりて「ノルウエーの森」を見たけれど,つまらなかった.
あれだけ評価の高い村上だから,読んだら,いい作品かも知れない,
小説を読まなくなる時期と,村上春樹の登場が,同じころだったかも知れない.

1967年の必然性が,映画にはなかった.
現在の早稲田でロケしたのが悪いように思う.3号館のむこうに見える
演劇博物館が現在の姿をしているせいか?
色を落としても,1967年に見えない.
文学部の建物は昔のままのところを映していたが,これも1967年に見えない.
なぜだろう.
俳優が1967年になっていないのか.

「3丁目の夕日」は昭和33年に見える.セットだとわかっても,33年に見える.
俳優も若いのに,33年に見える.
小雪もいい女に見える.


2011-12-11

妹よ

ブエナの妹が天才を示した.ジョワドヴィーヴル.
これで安心してブエナは引退できる,ケガをせずに有馬記念を走りぬけよ.

ブエナに雰囲気が似ている.涼しい顔とあふれる素質.
展開はディープとまったく同じでよいと思われる.

レーヴディソールにも似ているが,あのケガをしそうな気配はない.
小柄だということも幸いするであろう.
来年のダービーを勝てるかどうかは未知だが,牝馬としてはトップに達するだろう.

全兄とともに,産まれる前から,産まれた時からの期待の星であった.

名前が覚えにくい.

2011-11-27

ブエナとコンディション

華麗な顔ぶれのJCでブエナが復活したが、これだけの実力馬がそろうと
実力だけでなく、コンディションの重要性と差異の勝負であるという印象が強い。
実力に加えて気力と体力が必要だ。
凱旋門の1・2着、ドバイ1着を退けたブエナはもう有馬記念はゆっくり走って
はやめに引退したほうがよいだろう。ケガが心配だ。
もっとも牝馬であるため、優秀な子を量産できない。1年に1頭だけだ。

おもしろかったのはウインヴァリアシオンと安藤である。
何かはするとは思ったが、今度は有馬記念に期待する。
後方スタートをやめて、中位から進めば勝てるのではないか。
今日の展開はヴィクトがドバイでやった運びであるが、甘くは無かった。

ペルーサが16着(ビリ)というのもすごいレースであった。
走る気力がなかった、ということか。

2011-11-05

気になる日本語

ときどき「気になる日本語」という啓蒙的な解説に出会うことがある。
啓蒙的なところが鼻につくタイトルであるが、それは言葉が歴史的に変化する
ことを容認すべきだということと、しばしば若者から先行して変化するので
「日本語の乱れ」は年寄りからの伝統的・保守的な説教に聞こえるからである。

とはいいつつ、気になる日本語があり、気になるだけで徹底的に調べてはいない。

「~を行う」

という用法である。

多くの人々は使用するが、あまり使いたくない。せめて「おこなう」と平仮名にしたい。

「~を行った」

の場合は「おこなった」ではなく「いった」に読めるのが煩わしい。
たぶん規則はないが、個人的感性によれば、使いたくない。

「~を実施した」とか「~をした」という表現にしたい。

根拠があるわけではないと思うが、根拠がないのかも調べてはいない。

ついでに、カッコの使い方。カッコと句読点の関係も気になる。
私の中では規則があるが、違う用法に出会うこともある。
いまの小学校では、どう教えているのか?


【A】明日は雨が降るらしい(最近は予報があたる)。
【B】明日は雨が降るらしい。(最近は予報があたる。)

私は根拠薄弱だが小学生か中学校のころ先生に教わった【A】である。
しかし【B】もみかける。校正で修正されることもある。

2011-10-29

国勢調査の確報

国勢調査の確報が出た。速報値と確報値の人口はほとんど違わなかった。


速報: 128,056,026
確報: 128,057,352

速報が出たとき、日本は人口減少どころか、人口増加社会を示し、驚いた(下記)。
記者会見における説明は「外国人の増加」ということであったらしい。



確報で総人口はほぼ変わらなかった。何が変わったのか(下記)。


日本人人口は、これまでの予想どおりに「減少」した。
しかし外国人が著しく、突然のように「増加した」ということか?




5年ごとの国勢調査の中間は、法務省(出入国)と厚労省(生死)の統計
も使って人口推計される。

2010年10月、日本の外国人の比率は突然39%増加した・・・のか。

と思うだろうが、そうではない。
外国人は、

1,648,037

であるから、前月(9月)とほとんど変化なし(微減)である。

結局、その残余とは、・・・ 「無国籍」と「不詳」である。


上の表の外国人率とあるのは、実際は総人口から日本人人口の単純な差であって
外国人人口として公表されている数値ではない。つまり無国籍と国籍不詳を含む。
過去の国勢調査における無国籍と国籍不詳の状況は、今回と比較してどうかを確認
するとよい。

総人口は増加した。しかし日本人人口は減少した。そういう結論となった。

新刊

時間はかかったが丸善から出た。
2項だけ執筆させていただいた。

統計応用の百科事典

ここで狩野先生の項を読んでいて、文献リストに
狩野「構造方程式モデル」朝倉
とあったので、ついに、書いたのか、と思ったが、見つからない????



少し前に、豊田先生からの献本があった。着実に出版されている。

統計学のための線形代数



そのまた少し前に、これも時間がかかったが出た。

調査法ハンドブック


さて、私の原稿は・・・

2011-10-23

三冠

力強さ,というより,はじけるような圧倒的な気性.
ディープインパクトの完璧とは違う荒々しさ.

好位から4角を過ぎて直線に向いた後,敵はいなかった.
全兄のドリームジャーニーを超えたが,この交配はまだ可能
なので,しばらく変えないだろう.

永遠の脇役を演じたウインヴァリアシオン.

「ついでに騎手まで振り落とす」というのは,走れコータローである.
デビュー戦と同じように,ゴール後に騎手を振り落としてくれた.

この気性の荒さは,父系祖父の「醜いアヒルの子」サンデーサイレンスか,
それとも母系祖父のメジロマックイーンか.

来年は凱旋門で世界制覇の夢.

2011-10-02

残念

ことしの凱旋門の日本馬は残念であった.2頭とも着外で,いいところはなかった.
ヒルノダムールの実力も,歴史的には日本最高とはいえないので,もし勝てば,
日本のレベルだと思ったのであるが・・・

固い馬場で日本馬有利と事前の報道であったが,なんということもなかった.
3歳牝馬の勝利で,しかも勝ったデインドリームは人気はなかったよいうで,
むしろ驚きの結果であったようだ.しかし勝ち方は圧勝で抜けていった.
レコードだった.

black

BLACK SWAN

こういう作品は苦手である.観ていてハラハラするから解放感がない.


THE ADJUSTMENT BUREAU

そこへいくと,こういう作品は分かりやすくで娯楽できる.
映画ならではでの,作り話であるが,虚構のリアリティーがある.


関係ないが,ビーチバレエでも女子体操でも,美人が強くでは不公平である.
美人に勝って欲しいと思う自分が許せない.

美人よ,敗北せよ.

2011-09-25

久しぶりの強さ

オルフェーヴルの神戸新聞杯は,ひさしぶりに強いウマの登場だ.
4歳世代が綺羅星であったのに比べると,3歳世代には強いウマがいないのかも知れないが.

父のステイゴールドは成績はそれほど突出していなかったが,産駒はいい.
SS系にみられる,薄い危うさは感じないので,メジロマックイーンの血が勝っているのかもしれない.

ディープ以来の三冠馬となるであろう.

2011-09-24

交遊抄

朝刊の交遊抄を眺めていたら,筆者は知らないが
そこに出てきた作家の柴田は知っていた。
作家としてデビューする直前であった。
いまも詳細な経歴を出さないまま,20年以上,職業作家を
継続している。
3人が同じ出版社に勤務していて,互いに作家に転身するまで
知り合いでさえなかった,ということも頷けるところがある。

柴田が作家として才能があったかは当時,判断できなかったが
印象としては,とにかく書くということ,分量だけは書くということは
分かった。労働として書ける人間であることは分かっていた。
書きたかったのであろう。
テーマや文学性は知る由もなかった。推理小説なので,文学性を
感じることがなかったのかも知れないが,書くと言う作業はプロであった,
ということではなかっただろうか。もちろんたくさん読んでいた。
かなり失礼な印象ではあるのだが。


出版社に約束した原稿を書かなくてはいけない。会社の仕事をした
余力の時間を見つけるが,断片化する時間は書くことに向いていない。
言い訳無用。
永田先生は「毎朝,1ページでも書くといい」というようなことを述べていた。

編集者は著者に書かせなければいけない仕事だ。
いつでも待ってますということでは書かない。
とうとう10年も書かなかったら,さすがに企画は消えた。


10月からは講義も始まってしまう。

節電の夏で,余裕があるのかと思ったが,いろいろ忙しいものである。
学会には出かけなかったが,いろいろな会議は休日に設定される。
私は平日でいいのだが・・・。

わらじは一足にすべきか・・・

2011-09-04

野田内閣発足

野田内閣発足の各社支持率だけをみると
高い読売・日経, 低い朝日・毎日, 中間に共同
というパターンが戻ったかのようである。
毎日が菅内閣では高くなった印象であったが,それが戻ったか?
今度は8pp差ではなく,10pp差。



発足時の支持率
   野田(菅)
日経 67(68)
読売 65(64)

共同 62・8(61・5)

毎日 56(66)
朝日 55(60)

2011-08-08

健全さと極端さ

ルールとか規律正しさとか,社会あるいは組織の中で守られている状態は健全である。
みな真面目である。

しかし,健全さも極端にまで遵守されると喜劇になる。
ルールを破ってだらしなくしてよいということではない。当初のあるいは本質的なものが失われて形骸化すると,逆に反目的という結果となる。

社会が戦争のような非日常の状態になると,平和時のような凶悪な犯罪もなく,むしろ相互扶助的で健康そうな笑顔と声が聞こえる。
節約し,質素で,道徳的である。

しかし,銀座で婦人会が歩く女性に目を光らせて。パーマをかけたらだめだといい,果てはハサミをもって切ってしまう。「国家のためよ」といいながら。きれいなスカートの飾りも華美だと言って切ってしまう。
人類は戦争であれば,強制収容所で人類を殺戮することさえ容易にやってしまうことが可能な存在である。

小さな組織にも,そんな萌芽はいたるところにある。

遅刻は減点だ。といえば,遅刻だけに集中してしまって,全体が見えなくなる。
報告が不十分な。といえば,報告の仕方,時期,形式にばかり気を回す。
なにかもっと重要なことが忘れられていないか。

人間の本性には,まったく進歩しない後進性がある。

2011-08-07

融通って

自分ちの子どもを飢えさせておいて,
よその子に振舞うようなもんではないだろうか・・・

東電の余力を関電に融通するのは。

毎日,節電している東京から
節電していない関西に電力を送る

素朴な疑問だから,論理構成が必要だ。

2011-08-06

ゲンパツ と ゲンバク

広島の日,TVを見ていたら,原発と原爆は両方とも原子力であり核問題だから,両方だめでなくすべきだというような解説があった。

ノイマンのような科学者はいつでも必ず出現する。科学はとめることはできない。
科学の成果と危険は,科学の向上と達成で対応するしかないのである。

科学はとめられない。人間が所有してしまった観念の世界が無限に拡大するしかないように。

責任・判断

責任を官僚に押し付けるような政治家は最低である。
官僚がついてこないならまだしも,国民がついていかないぜ。

いったん手中にした権力は,機能システムのうえから,そう簡単には転覆することはない。
別の見方をすれば,とくに日本的な統治システムでは,てっぺんは偉いのではなくて,誰がなっても交代しても,たいして変わらないということである。

なぜ責任をとらないのか。責任を認めて,責任をとるということが,いまの権力を失うことになるからである。

だから権力は責任を負わない。責任を負う者をいつも周囲に生成しておく。
権力は孤独であり,不安である。その耐性こそが資質である。自信と考慮。

小心,怯懦,女々しさ,狡猾

およそ権力が備えている属性の中で最悪の顔を権力が見せるとき,もっとも不幸な風景が出現する。


おれたちが首うな垂れて
とぼとぼビルディングの間を歩いているだけだ
とあざ嗤う分子は反革命である
おれたちがしみつたれた鞄をぶらさげて
明日の食糧に戦慄しに出かけるだけだ
と宣伝する諸君は反革命である

2011-07-30

俺はごめんだぜ

吉本の思想の中で,何が重要かって,
それは「俺はごめんだぜ」といえる場所があるということである。
聖書へも親鸞へも,アプローチの中にそのようなモチーフがある。

優れた思想であるほど,人の行動を理念に従がわせる。
人類の理想を目指す思想だったのに,人類を粛清し,抑圧するように作用するのはなぜか,
ということに回答できなければならない。

太平洋戦争も,連合赤軍事件も,・・・

この問題を観念の領域を3つの次元に分離することによって整理した。

マタイ伝の絶対的な罵倒の強烈がなぜ強烈なのか,
相対性に絶対性を強いるからである。
対の位相を共同の位相に移動させるからである。

俺はごめんだぜ

大衆より知識人が立派じゃないんだぜ
公的なことより個的なことのほうが大切なんだぜ


ヤラセっていうけど,そりゃあ,あるでしょ。

八百長っていうけど,そりゃあ,あるでしょ。



こんな夢をみた。
もう死ぬしかない。
みんなで一緒に死のうぜ。
これでいっせいにひと思いに突き刺して同時に死のうぜ。
俺は気が進まないなあ,と思いつつ,覚悟を決めた。
さあ
突き刺す。
うっ。
横を見ると,本当に腹に刺したのは,俺だけだった。


吉本さん
あなたの指は太い
あなたの肩は頑健だ
あなたの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
あなたの孤独はほとんどリミットに耐えられる
あなたがたふれたら,ひとつの直接性がたふれる
もたれあふことをきらった抵抗の精神がたふれる

2011-07-29

ひっくりかえす

今日の夕刊は竹内洋が吉本を書いていた。

丸山との対比を,山手と下町と対応させた。
知識人と大衆。
メインカルチャーとサブカルチャー。
これが全共闘が台頭した背景と重ねて解説している。


親鸞もそうであるが,基本的な方法はひっくりかえす,ということである。
優れた思想に共通する装置は,ひっくりかえす,ということである。

これを吉本は,マルクスがヘーゲルを,ひっくりかえしたところから,おそらく学んだ。

2011-07-25

試練

試練という学は成り立つか・・・

2011-07-18

Specific

翻訳書を読んでいて気になり,原著を見ることが多いコトバ。

「特殊な例」「特殊な質問」という訳語が不自然に感じられる。

原文は specific example, specific questions などである。

specific は辞書には確かに「特殊な」という意味が書かれている。
英文でも反対語は general である。

日本語のニュアンスとしては「特殊」ではなくて

「具体例」とか「具体的な質問」

と訳さないと,奇異な感じがする。
「特殊」では「特別に違った」という印象となる。
それは particular というくらいであろう。

specific はむしろ特殊ではなくて,明確で,具体的な,という意味合いで使われている文脈が多いように思える。

2011-07-08

早寝早起

東大は6月で講義終了。7・8・9月と3か月の休み。むかしの大学はこうだったよなあ。と思い出す。一年間の半分は休み,それが大学だった。

むかしは節約していたよな。もったいない,といつも言って育った。いつからか心のそこに感覚を残しながら,もったいないことを実行するようになってしまった。
レジ袋なんて昔はなかった。買い物カゴをもっていくのは当たり前。

学生時代に中国の百貨店に行ったときの印象は「暗いなあ」ということだった。日本でも昭和30年代まではそうだったよな,と思う。

この程度の節電はいつでもできる。

2011-07-02

極限

標本分布の説明に関して,fprの南風原先生の解説を聞いていると,
何かを理解するとき,どのように理解するか,つかまえるかと考えたとき,それは原則として極限と起源なのだということを,改めて感じる。

母集団比率が100%の場合とか,N=1の標本--というのは極限である。
なぜ極限を考えるといいかというと,理解の範囲のすべて,あるいは端が
分かるからである。

極限や起源を考えることで,「ああ,こういうことなんだよな」という理解ができる。

世界を理解するときは,世界の極限あるいは起源を考えるのである。

2011-06-13

文庫と新書

新聞の書評をみて買ってみた。ぱらぱら読んだ。

1.神永正博(2011)ウソを見破る統計学.講談社ブルーバックス
 あまり良い本とはいえないような気がする。統計学者がちゃんと書評したほうがよいのではないか。
とくに確率分布。観測データが正規分布していることが前提のように読める部分である。

ついでにamazonのレコメンで買いもの。

2.田栗・藤越・柳井・ラオ(2007)やさしい統計入門.講談社ブルーバックス
 2007年に出版されていたことを知らなかった。不思議だ。見落としているなんて・・・。タイトルくらいはみかけたが著者名を見ないで,無視したのかも知れない。
 この著者たちなので言及する項目は本格的。ネが難しいことを書く著者たちがやさしく書こうとする努力。
 視聴率の小数点以下を発表することがそもそもナンセンスだって批判すればいいのに。

献本されて,

3.林(2011)調査の科学.ちくま学術文庫
 初版(講談社ブルーバックス)の縦書きを横書きにしたら印象が変わった。どこか変えたのかと思って比べても縦横の相違のみ。
実際,講談社にあった誤植もそのまま筑摩でも横書きになっているだけ(参考文献で西平の『統計調査法』が『社会調査法』になっている誤植)。
改めて読んでみると。知らぬまに,いろいろ影響されていたんだな,と思う。だいぶ昔の本だと思っていたが1980年代だったことを再確認。吉野の解説を加えて,生き残ってよかった。

2011-06-05

週末の終末

毎週,土日の貴重な2日間が,あっという間に終わってしまう。
いつも,やるべきことを,やれないまま・・・・

FBは友達の友達の連鎖が見えて,面白いが,やる人とやらない人を区別するものは何か。

そんなに書くことがない。ほかにも書く場所がある。書かなければいけない場所がある。
1年以上,遅れている本の原稿。はやく書かなくてはいけない。
委員会のドキュメントも休日にやらなくては。
でも,週末って,ほんとに心地よい。のんびり過ぎてしまう・・・・


bbs, blog, twitter, fb, ずっと過渡期か。

::::::::

リアルでも人見知り。過剰に関係を増やしたくない。

いつも週末に同じ店で同じベーグルを買う。
さすがに顔を覚えられてしまう。しかし決して会話しない。

いつものベーグルが置いてないと,むこうから「ありますよ」というほどに。

図図しいおばさんではないが,控えめな奥さんだが,それでも,そのうち
「いつも,ありがとうございます」
と「いつも」を余計につけてみたりする。「親近拒否オーラ」を破ろうとする。
さすがに1年以上も,毎週,来店すれば仕方ないか,と思う。

中学生の息子と行く,というイレギュラーな行動をしたら,すかさず
「あら,息子さんですか」と介入の隙を与えてしまった。
さらにオーラを破られる。
息子に1人で買いに行かせたら,やはり「いつも,お父さんが・・・」となる。
もはや,拒否オーラは消滅しつつある。

いつも同じ種類のプレーン・ベーグルをテイクアウトする男。

とうとう「プレーンは,サンドイッチにするんですか」と1年かけて
聞かれてしまった。
「クリームチーズを塗るだけです」

いつものように店に黙って入る。いつものように出てくる奥さん。
「きょうは,ここでモーニング」
と言ったときの,そのときの驚きの表情ときたら・・・

2011-05-22

経団連が公的統計で報告書

経団連が公的統計で報告書を出した。

多少,知っている分野の統計について読む限りの評価だが,
目配りは広く,特定のテーマを深く追求してはいないが,
現在の課題を適切に指摘している。

新聞記事になったのはGDPばかりであったが,
統計に従事する専門的職員の減少を警告し,充実させるよう提言している。
司令塔の強化,リーダーシップ発揮への期待表明もある。

景気動向指数のCIは「刈り込み」に言及するなど具体的である。
国勢調査で「人口増加」となったことを正面から指摘している。

相当の見識だといえる。

どういう仕組みで誰が執筆したのだろうか。

2011-05-04

人間ドック

ほぼ昨年と同じだが,体重が1kg増えて,まったくメタボ対策は進展していない。忙しいのである。
胃カメラは最初だけはやはり慣れない。いずれ小さなカプセルを飲みこむだけで完全に診断できる時代が来ることを期待する。

そういう医療用の小さなロボットもそうだが,アニメの鉄腕アトムや鉄人28号が実用化していたのなら,福島の原発で瓦礫処理もできたし,建屋内部の作業もできたのに。
安全神話崩壊というけれど,神話である・・・科学技術には,圧倒的な科学技術で対応するしかない。専門家の専門性だけが本当の意味で有効性を持つだけである。

人並みに健康に注意しているが,タバコもしないし,酒も適量。ただし飲むと必ずひどく鼾をかく。無呼吸もあるらしい。これだけが危険かも知れない。

2011-03-27

ドバイで勝つ

ドバイワールドカップでヴィクトワールピサが優勝した。

東日本大震災より前にドバイに渡って調整していたから震災にはむろん遭っていない。
こんな時の競馬に過ぎないけれど,

なぜだか,泣けてきた。

2011-03-25

大衆的素朴

人々が素朴に疑問に思っている。

なぜ東京電力の社長が出てきて,トップとして表明しないのか。
副社長や常務が出ているのだが。

なぜ現場で被爆するのは下請け会社の作業員なのか。
東京電力の社員は作業していないのか。
社員は安全な場所にいて,下請けに命令しているだけなのか。

2011-03-19

電源復旧

決して命がけの仕事を疑うものではないし,
自分だけ安全な場所にいてTVを見て批評するつもりもないが。

今回の原発事故との闘いで,ようやく見えた光明は電源復旧工事。
東芝,日立の技術者の派遣。徹夜の仕事。

俺たちは臨界に達したら逃げるしかないのに,
すべての同胞のために,
現場で闘う,
日本を代表する企業の技術者たち。
自分が犠牲になるかも知れないのに,
仕事に行く者たち。
誰かが行かなければならない。

2011-03-18

劇画と現実

「漫画ゴラク」(日本文芸社)という漫画週刊誌がある。
その人気漫画に「白竜」という漫画がある。DVDも出ている。

金曜日に発売なのだが,本日(3/18)発売号(4/1号:No2256)は発売されなかった。
あるいは,発売はされたのかも知れないが,東京のコンビニの棚にはなかった。
地震による物流の影響かも知れない。

それはともかく「白竜」は原子力発電所および電力会社の闇をテーマに連載していた。
これから電力会社の実態が暴露されるという展開のところであった。
地震のあと,どうなるのかと注目していた。

しかし,現実の東京電力の大事故が発生してしまい,この連載は中止になった。
自主的な中止だと思われる(まさかどこかからの圧力でもないだろう)。

たかが漫画なのだが,それでも,あまりに現実的なテーマであった。

この前は相撲の八百長の内幕がテーマだったのだが,ちょうどその章が終わったあと
いまの相撲の八百長問題が明らかになった。
そして,現実に不起訴処分になったように,漫画も闇に消えて終わる。

2011-03-17

生活の仕方

本当かと思ってスーパーに行ったら,本当だった。

牛乳がない。紙パックでなくていい,瓶でいい。

豆腐がない。なぜだか分からない。

コメがない。備蓄は十分なのに?

パンがない。カップめんがない。備蓄か?

酒はある。なぜかうどんもある。肉もある。果物もある。

ガソリンがない。しかし免許もないので関係薄い。

江戸時代くらいの生活に戻せば,おおよそは生活できる。

それより,正確な情報。
時点別,地点別の放射線量の測定データをいつでもアクセスできるサイトにおいておくだけでいいのに。

2011-03-16

景気の悪化,気分の悪化

多くの景気指標が悪化しはじめた。
きょうから投信の基準価格もいっせいに低下した。
リーマンショック直後のようだ。
このままm続くのか・・・

余震が続く。
気持ち悪い。
落ち着いて仕事できない。

2011-03-14

つないでいた手

もしも,つないいでいた筈の子どもの手が,

気がついたとき,

子どもの手がなかったら,

どうして手を離してしまったのか,

そう思うことを想像するだけで,

・・・

2011-03-12

被害

死者は阪神・淡路の6434より少ないが,これは未確認というに過ぎない。

仙台で溺死者の遺体が200~300という一報を見たときの驚き。

丸ごと壊滅した街。

原子炉の溶解。


「津波」被害というところが阪神とは違う。
直下型の家屋倒壊とは違う被害形態。
しかし範囲・影響力の甚大さでは比較にならないほど危険だ。

菅内閣はここで国民を守れないようであれば,もう他には何もできる能力はない。
あらゆる政治的指導を進めよ。

過去最大の地震

ようやく家に着いたのは2時すぎ。
本棚が心配であったが,大丈夫であった。ストッパーは機能した。
モニターが少しずれていただけであった。

会社にいて,出かけようとする寸前。
5強のゆれがこんなに恐ろしいとは・・・

背中のついたてが傾いて倒れてきた。

3時に外に出たときはタクシーを拾えたが,
霞ヶ関に行って,少しして戻るときにはもう拾えなくなっていた。

あるいて大手町まで帰った。
途中,皇居には多くの人々が避難していた。
ここは確かに安全だ。
建設中の工事現場からは多くの作業員が出てきた。

霞ヶ関の庁舎からは続々と人々が外に出てきた。

皇居前の道路ではトラックが積荷の砂を落としていた。

ヘルメットをかぶっている会社員もいる。
大企業なんだろう。
こういうところに企業規模の格差が出るのか。

2011-03-06

無敗のオンナ

レーヴディソール。4連勝。まけたことがない。
チューリップ賞をみるかぎり,あらためて強い。
ダイワスカーレットを超える。アグネスタキオンの最高傑作。
ディープインパクト以来,圧倒的な,天才的な,馬がいなかったが,
勝ち方をみる限り,ディープなみの強さである。
サンデーサイレンスの系統としては,
逃げのサイレンススズカの山脈にダイワスカーレットがいるとすれば,
後方から直線一気のディープインパクトの山脈にレーヴディソールがいるかのように思える。

牡ならば皐月賞が楽しみなところだが,ダービーを待つ。
桜花賞からダービーへ。ウォッカを超える。ひさしぶりに夢をたくせるオンナ。

2011-02-28

e-Tax

苦労してやっと確定申告をしたのに
最後に「送信」押したら,あわれ
「メンテナンス中」・・・
e-TAxは24時間受付でしょ!

がっかり

日曜の夜に作業する人が多い
時間かかるから深夜になる
月曜0時からメンテナンスという設定は悪い判断である。

2011-02-26

国勢調査2010

2010年の国勢調査の速報値が発表され,前回(2005年)よりも,人口増加したという。
厚生労働省などの各種統計では,人口減少は2007年から始まっている。

「外国人を含む」総人口だから「増加」しているのだとの解説もある。確報値で日本人のみの集計結果は減少となるか,増加になるか・・・

2010年は郵送回収となった。調査員による訪問留置調査を原則としながらも,回収は郵送を選択できる。しかし川崎市では,調査員のほうからすべて郵送回収で依頼したという。

10月の確定値までに,まだ時間はあるが。

2011-02-20

卒業

まだ卒業シーズンではないが,むしろ受験シーズンであるが,
「卒業」のエンディングを改めて観てみた。

再確認したのは
(1)キャサリン・ロスはどうしても美人だと感じることができない。どうして人気があったのか分からないし,映画の中でどうしてダスティン・ホフマンが好きになるのか共感できないということと,同時にやはり若いときというのは,綺麗で可愛いものだということである。日本人でいうと藤原紀香だが,彼女のことをどうしても美人だと感じることができない。大きなお世話だが。
(2)花嫁奪還シーンに当時は感動した女子も多かったわけだが,見境のない行動は一生に一度くらいでたくさんだということもまた多くが経験したかも知れない。本当のクライマックスは奪還シーンではなく,そのあとのバスの中の表情であり,ここがダスティン・ホフマンが名優であるところか,監督の才能か。このあと訪れる日常性と現実性を示唆して終わる,この終わり方こそ映画である。

2011-02-06

永田洋子

永田洋子が5日,獄中で死んだ。65歳。
すでに何度か危篤情報もあったので,いずれ獄中死することは予想されていた。
ついこの前のような1972年の山岳ベースでの「総括」という粛清。
しかしすでに40年も昔の話になってしまった。

森恒夫が逮捕後にすぐ1973年に獄中で自殺してしまったのに比較して,永田は生きながらえることができて本まで書いた。
仲間を殺した事実に対する,男と女の違いである。女から偏見だと抗議されようとも,女も自殺した反証があろうとも,男が生きながらえた反証があろうとも,こういうところが男と女の違いである,と思う。あるいは男の森と女の永田の違い。

あらゆる組織に所属する者は,すべて,連合赤軍の性向の萌芽を内包している。そう思うべきである。

2011-01-29

最終講義

本日は,政治経済学部での「社会調査」の最終講義(かつ試験)であった。
4年間の非常勤講師であった。文学部で7年やった時の半分である。
もちろんこれからはビジネスに専念するためである。

昨夜の残業がきつかったせいか?
今朝はすこし頭痛が…,学生諸君,申し訳なし。

言うべきことは言えた講義ではあったが,もっと落ち着いて講義を構想できる余地はあった。


諸君,今後は教師と学生ではないから,教室ではなく飲み屋で会いましょう。


ところで,
うまれて初めてYouTtube で自分見た

2011-01-10

通俗性と文学性

感動的な話というものはある。魂を揺さぶるものである。それは言葉による表現が高度化されたときに文学ということになる。

しかし,高度化されない場合には,ただちに通俗的になってしまう。同じ現象であるにもかかわらず,倫理やそれが偽善的であったり,こちらの心情としては,しらけてしまったり,ということになる。
最悪の場合は利用されてしまったりするところまでいつでも堕落できる要素を持っている。

なにが第一級の表現(技術的な意味ではなく)と通俗性とを区別するのであるか,しかし,確かに何かがある。

タイガーマスクのプレゼントは静かに行なわれていれば,それでいい。
これ以上,なにか付加されないほうがよい。
ランドセルの個数と児童の人数が違っていたとか,男児だったのに赤いランドセルになってしまったとか,タイガーマスクの来ない施設はどうするんだとか,福祉予算によって政府・自治体のやるべきことであるとか,そのような発展をしていかないほうがよい。

タイガーマスクは伊達直人としては,ときどき施設を訪れる。顔も見せている。エンディング曲のバラードは私たちの世代の耳には今でも残っている。
「強ければそれでいいんだ。力さえあればいいんだ。ひねくれて星をにらんだ僕なのさ」

人間にとっての最悪の育ち方というのは,親に捨てられることである。この体験によって人間は殺人のような犯罪を犯すこともできるようになる。同時に,圧倒的な努力によって,たとえば文学にまで高度化することもある。それによって作品の恩恵を私たちは受けとる。それは作家の人生・生命と引き換えの表現だからである。多くの作家は,それでも自殺してしまうことがある。江藤淳の自殺にはそんな痛切な孤独があった。

親に捨てられた児童の物語は,たとえばサスペンスドラマにもなるし,トラの穴の特訓にもなるし,忍者養成物語にもなるし,スパイ養成学校にもなる。親子の絆が欠落した場合に人間に訪れる人間性は,スパイや忍者やヤクザの非情性と親密性になってドラマにしやすい。

いつでも通俗化してしまうけれど,しかし第一級の表現をされることがあれば,それが文学性である。

「トラだ。トラだ。お前はトラになるのだ!」

最強の力があるわけではなく,いつもルール無用の反則,罠,だまし討ちなどに翻弄され,傷つき,にもかかわらず,フェアに反撃するという原則は,いつでも通俗化してしまう倫理なのだが,子どもたちには,原則的な権力闘争の方法として身についたのかもしれない。
ひとつ上の世代は月光仮面の正義感なのだが。

訃報

横沢さんが亡くなったそうだ。いろいろ説明はあるだろうが,時代を作った人だ。

2011-01-09

贅沢路

よく晴れた冬の午後の日曜日,横浜港の赤レンガ倉庫から大桟橋埠頭の鯨の背中まで。

2011-01-08

土曜の大手町

午後,東西線の大手町から地上に出たら,大手町が煙に包まれていた。
野村ビルから地上に出たのだけれど,隣のビルから煙が野村ビルに流れ込んでいた。
火事でもなさそうな臭いであったが,真っ白になっており,向こう側がかすむほどだった。
NTTビルが向こうに改修の養生をしているのが見えたので,建物を壊した噴煙かと思えた。
しかし,あるいていくと,そうではなくて,煙の出所は野村ビルの横のビルからで,勢いよく空に吹き上げていた。
警備員が真剣に走り回っていた。消防車は来ていない。いま発覚したばかりなのだろうか。

そんな様子は無視して,(これが土曜午後でなければ大騒ぎだろう),鎌倉橋方面に
あるいていく,煙は晴れて,冬の冷たい空気に変わったので,やれやれと,あとは善処してください
という気分であった。

私は涙が出ていた。これは煙のせいではなく,ちょうど聞いていたウォークマンのせいである。
虞美人草のクライマックスのところであった。

2011-01-04

批判の弁証法

Journalism」1月号は世論調査の特集。


菅原琢氏の今回の議論は「まとも」だといえる。
だいたい言いたいことを言っていただいている。
が,指摘しておかなければいけない点もある。

RDDの回収率の定義に関して,日経の回収率定義「だけが」が過小定義であるかのように誤解されるように読める。
米国でも複数の定義を用意しているが,そのうちから,この定義を最初に利用したのは朝日であり,共同が追随した。その後,日経,読売,NHKも朝日に合わせた。産経は割当。毎日はよく知らない。しかし朝日がこの定義を最初に使用したことが,現在のRDD回収率定義のデファクトを決定したといっていい。朝日の責任は大きいのだ。
RDDには定義が一意でないところがあるから,各社はすべての番号がどのように終了したかを正確に記録して公表しなければいけない。それが専門家としての良心である。


不対話(E)に事業所番号が多く含まれているという想像は間違い。平日の昼間に事業所はほぼ確認できる。

以上の2点を指摘しなければならないが,これを読んで思い出したことがある。RDDへの誤解ということに関係する。

私自身は以前から強調してきたつもりだが,すこしも定着しないことがまだある。

「コンピュータでランダムに番号を発生させた」という説明が多いのである。これが誤解の底流を形成するのではないかと思う。
私自身もRDDの勉強をするまでは,そうだと思っていた。米国の文献を勉強して初めてRDDがどのような発想に準拠していたかが理解できる。ちょっと想像力が必要なのである。
だから説明のしかたをかえたほうがいい。「可能なすべての番号から無作為に抽出した」といえばいいだけである。

面接調査で名簿から世帯や個人を抽出するときにも乱数を使うけれど,この時は「コンピュータでランダムに発生させた番号を使って」とは誰も書かない。やっていることは本質的に同じなのに,実在的名簿がある場合と,RDDのような仮想的名簿の場合の想像力の対応ができないのである。



あとは萩原雅之氏の報告だが。
なお連日,世論調査をやるという世論観測の試みは,すでに1970年代に産経がやったことである。

それから七尾功氏の報告・・・。

これらを publish させことが編集功績である。

2010-12-26

惜しいオンナ

ピサよりもブエナが強いと思えた有馬記念。
騎手と戦法と流れによる効果が,実力効果を上回った。

2010-12-23

ソルト

二重スパイというテーマは常におもしろい。
何を信じるべきかが最後に決まるからであるが
米国らしく最高の価値が「愛」ということになるのが,いささか好みではない・・・

2010-12-22

速いオンナ

レーヴディソールはアグネスタキオンの娘だが,勝ち方はディープインパクトに似ている。
後方から,最後にあっさり抜いて勝つ。無敗である。
 
姉のダイワスカーレットを超えるかも知れない。
 
ただひとつ,故障さえなければ・・・・

2010-12-19

近いオンナ

このところ,テレビで細江純子を見ていて「なんだか,最近きれいになって,オンナらしくなってきたなあ。もうすっかり騎手時代の面影はないなあ・・・・」
なんて失礼なことを考えていた。
そこでちょっと調べたら,なんと細江純子は蒲郡市の出身で,しかも高校の後輩であった。これは珍しいことである。あの高校の卒業生のなかではいちばんの有名人かも知れない。

社会福祉施設等調査

回収率が94.2%という立派ともいえる値に「低下した」ので実態把握ができない,年次比較も困難という新聞記事であるが,そうだろうか?
6万2288のうち5万8656を回収した。2008年は99.9%でほぼ全数という。
この調査は「郵送による全数調査」を要求していたということであったのか。

サイトの概要説明では,

「調査の方法等が変更になっているため、平成21 年と20 年以前との年次比較は適さない。」
と書いてある。
これは施設票もふくめすべての客体を郵送調査へと変更したのだという内容も含んでいる。業者の変更も含めてもよいが。これまでは訪問調査も採用していた。

落札業者はLINKはないので検索しないと見つからないが,もちろんWEBに公表されている。
これは不落案件であり,かつ実施前に回収率低下の予想が述べられている。
再入札や不落など,この種の問題は今後も継続しそうだ・・・。


この結果で,この評価だとすると,ことしの国勢調査に関して総務省がどう評価されるのか,たいへん注目される。

2010-11-14

凄いオンナ

スノーフェアリーは異次元の強さ,速さ,凄さであった。
こんな圧倒的な文句なしの勝ち方を見せつけられると日本はだめだなあという気分になる。
たった21万円のウマだったという物語もいい。

アパパネはゲート入りから,序盤のかかり気味に口を割った不安など,あっさり無視された。

海老名は今度はムーアに完全に敗北したということになる。
しっかりマークされて,あっさりきれいに負けた。

2010-11-01

強いオンナ

ブエナビスタの天皇賞は確かに強かった。完勝・圧勝であった。
そして,あの涼しい顔。

しかし,こんなに強い競馬をするのに,なぜ全勝ではなかったのかという思いがよぎる。
ディープインパクトのような完全さがない。

もちろんブエナビスタは1位と2位と3位しかなく,大負けがない。
1位と2位しかなかったダイワスカーレットに迫る牝馬だ。

もうひとつは騎手が下手だったのか,という思いがよぎる。
スミヨンがうまいのか,単に幸運だったのか。

こうなると,ディープの仔が楽しみである。
まだ出てきていないが,ビワハイジは2年連続でディープの仔を産んでいる。

またスカーレットブーケもディープとの仔がいる。じつに将来が楽しみ。

SS系とノーザンテースト系との配合はよく成功して安定している血統なんだろう。

2010-10-23

Share and Enjoy

「社会と調査」5号の特集「回収率を考える」は関心あるテーマであり,寉田さんの論文もよい。いい編集である。しかし,その中でいちばん価値ある内容だと思ったのは(もちろん個人的価値だが),中村健太郎のRに関する4頁のコラムである。

よくまとまっているし,知りたいことが書いてあるし,Rの魅力をよく伝えながらも,バランスもよくて伝道師になっているわけではない。バベルの塔から書き始めて,License関数で締めるという文章構成のセンスもいい。コラムとして上出来である。

言語の閉鎖性と開放性や人類の未来にまで思いを連想させるような,という意味でもよいコラムである。

国家を開く未来にまで思いがはせる。尖閣問題にみる国益優先の外交は政治的に不可避的な態度ではあるが,一方では著作権には開放的。WWWには閉鎖的。もちろん欧米人は著作権益を守る意識が強い。一方でまたRのような思想の実践もある。どこの国にも言い分はあるが。

私もRへといいたいところだが,なかなか保守的なままで忸怩たるものがある。
スタイルというものがあるよね。
統計解析はR
論文はもちろん単なるドキュメントでもTeX
プレゼンや表計算は,Open Office
PDFもなにかのフリー
こんなスタイルだとすると,パソコンもMacかな。

実態たるや・・・
今でもSASが使える環境にいるので,SASのまま
Officeにはどっぷり
論文もWord+MathType(しかもVer5のまま)
PDFも身銭をきって買った正規商品。
Macが欲しいけれど,Windows。しかもXPにしがみついて,7は追随者の立場を堅持。
せいぜいエディタが秀丸だってことくらいか・・・

2010-10-11

2010-10-09

凱旋門

ナカヤマフェスタは,よくやった.
事前期待が一般的には低かったせいもある.
実績では武騎乗のヴィクトワールピサであった.
しかし日経だったかの記事でピサはだめで,フェスタが有望だという解説があった.
「へぇ」と思ったが,解説を読むとなるほど.素人とは違って記者はよく見ている.
気性が悪かったフェスタということだが,そういうウマが勝つというのは魅力的だ.

エルコンドルパサーの2位とは違う.何が違うかというと,エルコンドルパサーは
もう実力精一杯で2位という印象であった.モンジューにも,しっかり抜かれた.
ところがフェスタはまだ伸びそうなのだ.来年も挑戦するという判断もうれしい.
モンジューも凱旋門の連勝ができなかった.

エルコンドルパサーより速いウマは日本にいた.サイレンススズカである.だから
エルコンドルパサーは日本の代表として負けた気分ではない.
ディープインパクトの敗北は日本の敗北であったが・・・.
一説にはディープはフランスで風邪をひいて,アバラ骨さえ見えていたという.
それをあそこまで現地で回復させて,かつ3位だったのである.風邪を治療するための
クスリで失格というわけで,これまた実力での敗北という気分ではない.

そうなるとフェスタが気性を克服して成長すれば凱旋門を勝つ可能性はある.

それとも,サンデーサイレンスの系統が欧州で勝つことはできないのか.
ノーザンダンサー,ニジンスキーの系統でなければ勝てないのか.


もちろん結果がすべてが勝負の世界.実力というものは結果も含めてだけれど.
運とか,好条件とか,相手がコケルとか,そういうものはある.

悪意はないがオリンピックで日本男子がリレーで銅メダルをとったときである.
むろん朝倉たちの感動は本物だろうし,チャンスがきたということだけれど.

豊橋落下

NHKのニュースで知ったが,豊橋の広小路の歩道の屋根が落下したようだ.
といっても,どうやら屋根ごとではなく,下張りが落下したらしい.
映像を見ると,土砂やフンがたっぷりである.
すきまにハトは営巣しており,雨で重さに耐えかねた結果のようだ.
子どものころから,あの歩道は変わっていないから数十年間を絶えたことになる.
しかし,まさか隙間にハトが営巣しているとは.
映像にはハトの親子が映っていた.あのヒナは生後30日前後なので梁にとまっていたが
抱卵中の場合もあったであろうから,タマゴは落ちたんだろう.
ヒトは4人が軽症だというが,ハトもびっくりか.

ハトやカラスの増殖はすごい.エサだけは豊富だからな.建築する際には営巣できない構造を
考慮すべきなのに,いい具合に巣穴になる建造物がある.

2010-09-19

55

白鵬が55連勝を達成した.千代の富士をあっさり抜いた.

バースは王貞治の55号をついに抜けなかった.敬遠で54号に終わった.

大相撲は外国人横綱であっても話題の記録を歓迎--といえば,やや意地悪い憶測か.

今場所で62連勝すれば,双葉山の69連勝が視野に入る.
しかし双葉山の時代とは違う.年間の場所数が違う.
いまは年6場所もある.隔月開催である.双葉山は3年間ものあいだ,無敗だった.
いまは1年5場所で69連勝を達成できる.

スカイウォーク

横浜スカイウォークが今月で完全閉鎖されるというので,行ってみた.
バブル絶頂の89年完成で,いまは赤字.
世の流れを感じる.新聞情報によれば横浜駅西口も大規模に改修するらしい.
横浜スカイビルの展望もまた見劣りするようになるのか.
むかしの伊勢崎町ブルースやブルーライト横浜の懐かしさもいいのだが.

少年時代を海で育ったせいか,海の街は落ち着くものがある.
大黒埠頭の釣り場にいくと,海を直接に感じられる.
小さな子供連れも多いから,近所の人々にはちょうどいい遊び場になっているわけだ.

学会メモ

土屋・星野:標本調査
http://www.jfssa.jp/taikai/2010/tutorial_session.html

クーパー来日:WEB,無回答
http://www.bsj2010.org/tutorial.html
http://www.bsj2010.org/memorial.html
http://www.jmra-net.or.jp/seminar/detail.php?document_id=2227

Survey Methodology. New York: Wiley


狩野・岩崎:因果
http://www.ism.ac.jp/~tamura/summer2010.html

田中:選挙
http://www.jfssa.jp/taikai/2010/program.html#public

2010-09-18

名刺交換営業

夕刊の記事.
「新人研修です」と言って,名刺を渡して,あとからしつこい営業をかけるという.
私も大手町で最近,2度ほど実際に遭遇した.
一度目は若い女性で「名刺を集めなければならないんです」という.
二度目は若い男性で,もう夜の遅い時間であった.野村ビルの前で大声で寄ってきた.

「新人研修か? ご苦労さん.もうこんな時間だぞ」
「いいえ.営業です.名刺交換してください」

新人研修というのは,うそだったのだろうか?.
名刺は渡していない.

リクルート出身のベンチャー企業の社長のインタビューを読んだことがあるが,新人に対して,とにかく100枚だか,300枚だか集めて来いという命令が出るらしい.

これが営業の真髄なのだろうか・・・


居酒屋で,客なのだが,ちょっと顔見知りになったかと思うと「名刺交換してください」という.まあ,少し困ったなと思いつつ,無碍にもできず名刺交換する.さすがに,いきなり営業に来られたことはないが,酔った勢いで「いい顔」したら,来るんだろうな.別の客の会社には来たそうだ.相手を見ないとだめだ.

2010-09-11

NEWS

ニュースの多い日であった.

中日が首位に

ペイオフ発動

村木厚子に無罪判決
 いまどき,こんな稚拙な事件があるわけないと当初から思ったが,なにかが最初から予定通りでくなったのか.単なる検察のミスだったのか.

宗男の収監
 守屋も収監を選んだ.この年齢の2年なんてすぐに終わってしまう

伸ちゃんが幹事長
 同じ年齢とは思えない石破.そういう私も同い年.

2010-09-05

ひととなり

小沢と菅.
ひととなりは違う.
政治家としての評価だけでいいように思うものの,ひととなりの影響もある.

木田元の履歴書が面白くなりそうな予感.

その前の広岡の履歴書は結局最後までつまらなかった.くらげの話の後なので,学者の話よりは面白いだろうと事前期待を高めたせいもあるか・・・.

なぜつまらないのか.

ひととなり,ではないだろうか.
もちろん,そんな失礼な人格否定はするつもりはないけれど.
人生の節目での言動が本当だとすれば,いろいろな人に嫌われるし,敵も多いだろうなあと納得する.
サラリーマンだったら,もっとつらい人生になっているはずだ(社長になったかも知れないが).

自分は正しくて,まわりがばかだ,と思っているというのは,周囲に伝わる.野球しか知らない単純行動肉体派の中にあって指導理論を求めて,英語を勉強し,ひとり渡米して大リーグに学んでくる実行力はたいしたものだが,日本での関係性にいいようには機能しない.
あの口が少しまがった表情,物言い.冷たい目線に良く似合ったメガネ.

「私に任せておけば大丈夫.すべて必要なことはしてある」.「私を辞任させる気が知れない」.

周囲は違う.あんなやつは辞めさせよう,となる.


やっていることが妥当なのに,よく思われないという典型的に不幸で損なひととなりである.
本人は,そうしなければ現実を変革できなかったと言うであろう.

巨人を倒して日本一になった話がなぜ,あんなに盛り上がらないのだろうか.
私にとっては前年の中日との戦いが印象深い.中日ファンというだけだが.

中日戦では,谷沢が完全に封じられた.研究されていたのだろう.解説では広岡は「谷沢には眠ってもらう」と語ったそうだ.なるほどね.

翌年の巨人戦では,江川を研究して打ち込んだ.たしかに管理者としてすごいが,マークしなかった西本にやられた話が人間的でおもしろいはずなのだ.西本に抑えられたからあれだけの接戦になった.シーズン中の西本の状態をみて西本研究を不要とした責任は感じていない.西本にも物語はあるのだ.

理路整然としている.おれの教えどおりにやればいいのだ,という.
いやな上司である.
石毛が育ったのは,石毛の性格が素直だったからである.
片平のことを当時,「王の猿真似」と評していたと伝えられていたが,いいじゃないか.見ているほうは楽しい.
天才・田淵の西武時代の話だって,もっと聞きたい.あの美しいホームランに嫉妬しないのだろうか.

長嶋の履歴書のほうが面白かった.

伊豆の特訓は,感動的である.やっていることはただの猛練習.理論なし.なきながら肉体の極限まで練習するのみ.篠塚,中畑,松本,そして江川と西本.
王が泣きながら,堀内をぶん殴る話とか,そういう話は,広岡には出てこない.

川上が一塁で捕球せずに,あたまにきて試合途中で帰ってしまった夜.ただひとり電話してきた藤田の友情はどう思っているのだろうか.

広岡は記者に書かせずに,自分で原稿を書いたのではないだろうか.


山口瞳が生前,どこかで書いていた--「広岡はいまでも巨人の監督になりたいと思っているのではないだろうか」.
そうだろうと思った.西武かヤクルトの監督時代の執筆だろう.
巨人監督の話が来たときに,飛びついたら,まだ広岡の人生も違ったのかも知れない.
捻じ曲がった心が晩年は肯定されて,巨人を見返すというエネルギーになったというが,愛の裏返しとしては,どこかさびしい.

ユーミンの「DESTINY」の歌詞みたいじゃないか・・・.


ユーミン,好きではないけれど,「埠頭を渡る風」という歌がある.
私の弱点は運転免許のないことである.ユーミンの歌詞のようなデートなんぞしたことがない.

ゆるいカーブであなたへ倒れてもらったことがない.
中央フリーウエイなんて走ったことがない.

そこで自転車で大黒埠頭を目指してみた.
元町のほうから横浜ベイブリッジを通過しようと思ったが,行けない・・・.こういうことを知らないのである.生麦のほうからしか入れないのであった.
A突堤にはねつけられ,本牧埠頭のほうのさびしい景色をみて帰ることに・・・.

2010-09-04

最も暑い夏--2010年



あまりに暑いので気象庁のサイトから7月からの気温データをDLしてみた.
8月の最高気温が昨年(青)より下回ったのは2日しかない.
最低気温では1日のみ・
このままいくと8月下旬以降の差が広がって,9月前半の暑さは昨年を大幅に超える.

2010-08-29

数値目標

保健センターに呼ばれて面談.
春の人間ドックの結果が悪かったから,メタボ基準にひっかかった.
今年の数値は昨年に比べて
体重:66.6→ 73.2(+6.6)
腹囲:88.0→ 94.0(+6.0)
これだけなら,まだいいらしいが,血液検査で
LDL:118 -> 143
HDL: 53 -> 36
呼び出しを無視していたら,電話が・・・

3か月の数値目標:69kg
まあ体重を減らせば,ほかの数値も改善するからな.

ということで行動目標を宣言させられた.
・3食やさい
・夜食禁止
・毎週,自転車で2時間

きょうは久しぶりに夕方になったら,過ごしやすかった.
海の風にふかれながら,日没の前に歩くのも気持ちいいものだ.

2010-08-22

第三の・・・

第三の変数ではなく,第三のビール,いや,ビールテイストのノンアルコール・ビール.

売れているようだが,私もユーザーである.不況ということもあるけれど,酔ってはいけない時,しかしビールが飲みたいとき必要である.すなわち自宅の買置きビールである.

アルコールが0でないと,やはりだめだ.酔うことはないけれど,勉強する気がなくなる.多少は気分が酔っていることになるが.

ところで,ノンアルコールビールはまずい.だからたくさん飲めない.これはいいことか,悪いことか.

酔わないけれど,ビールのように,おいしい商品が欲しい.

ということで日経MJだったか,土曜版だったかにランキングがあった.
アルコール=ゼロの分野ではサントリーのオールフリーがトップだった.これはカクヤスで注文しようかと思った瞬間に販売中止になってしまった.9月になったら涼しくなってしまうのに・・・.
やはりおいしいのだろう,売れているとうことは.
しかし生産が追いつかないなんて本当かねえ.

買えないといわれると,買いたくなる.欲望が刺激される.サントリーも販売するなら今だと思うのだが,そういうことをしないのは,やはり本当に生産が追いつかないのか.おいしい商品には時間がかかるのか.

しかたないからアサヒのダブルゼロ.

なぜかアサヒにしてしまうが,キリンでもいいはず.これはたまたま見た広告のせいである.そのほかに理由はない.こんどはキリンにしてみる.

先日,娘とOAZOで食事.「ビールなんてきらい.まずい」というが,高校生だから当然.私も学生時代でさえ,酒はおいしいと思わなかった.

「いつのまにか,おいしいと思うようになるんだよ」

円高

資産の含み損がふくらみ,いいことはない円高.

amazonで本を購入するときに,日本ではなく,米国で買うことが,ほんのわずかな利得.
しかし11,000円が8,600円という程度だが・・・

2010-08-16

百歳以上不明者

百歳以上の統計は住民基本台帳による結果であったことが認知された。
本当は亡くなっておられるのかも知れない。
家族と同居となっている(住民基本台帳では)とはいえ,そのままに
しておいた家族が多いことはまず驚く。次に,そういうことも現在では
あるなと思う。
ゾウは死期が近づくと群れを去り,孤独死するそうである。
人間の乳幼児は家族から放棄されると餓死する。
老人は自分で家出する。それは認知症によえる行動か,意思による行動か。
姥捨山は形を変えて現在にも存在しているとみなすべきか,社会問題とみるべきか。

住民票のある場所と居住地は異なるということも広く認知された。
国勢調査と住民基本台帳を比較すると,統計の相違がわかる。
人口はきわめてよく一致しているが,世帯数は大きく異なる。
世帯主で数えるか,建造物を単位で数えるかというルールの相違。
登録先と,最近3ヶ月居住という測定の定義の差異。

人口は自然の測定であり,自然現象であるが
世帯数は社会の測定であり,社会的現象である。

2010-08-05

キューポラ

きょうの夕刊にフォトジャーナリストの櫻井寛がいいコラムを書いていた。

川口の街,キューポラのある街,寿司の話。
1962年。まだ5歳なのでかろうじて空気を吸っていただけであるが,
吉永小百合のデビュー映画の懐かしさ。

川口に行ったことがない・・・

2010-07-31

このごろ

聞くに堪えない,社会面ニュース

しかし,あり得る話

2010-07-08

教材

共同通信の調査記事にはときどき下記のような教材に適したものが出る・・・

民主27%、自民19% 参院選電話世論調査

 共同通信社が4~6日に行った参院選に関する全国電話世論調査では、比例代表の投票先を「民主党」とした回答は、6月24~26日の前回調査から1・1ポイント減の27・3%、「自民党」は0・6ポイント増の19・2%だった。

2010/07/08 05:02

2010-07-05

96時間

こういう映画がおもしろい

2010-06-14

選挙体制に入る

いよいよ始まった。W杯ではなくて,参院選。

朝日と読売の連続調査の発表がスタートした。

内閣支持は朝日も読売も59%。

比例投票先で民主は,すっかり昨年の衆院選前の様相か。
朝日は43%で読売は31%。

この違いは少し気になるところだ。自民は14%,16%でほぼ同じ低位安定。無党派の把握だけが課題だ。

昨年の衆院選比例代表における得票率(議席占有率)は
民主42(48)%,自民27(31)%であった。

2010-06-11

Yahoo と政治

Yahooの政治ページは便利なときがあるのだけれど,報道各社の調査結果を転載していた。

一覧性があって便利であるが,独自に加工したものを新聞社は転載に応じたのだろうか。LINKもあって,それは便利であるが・・・

Yahooがどんな独自編集をしているかというと,支持率である。わざわざ小数点以下を追加しているのである。朝日,読売,毎日は支持率を整数にまるめて集計・発表しているけれど。Yahooはそれを加工して,小数点以下に「**.0」と表示しているのである。眩暈がする。

各社の整数をみて,小数点以下第一位が0なので省略されたとでも思ったようだ。
ど素人丸出しじゃないか。ただちに修正すべきである。

これまでYahoo独自の世論調査の控えめな扱い方には好感をもっていたが,やはり伝統的なメディアのほうが質が高いとさえ思った。



2010-06-09

菅内閣発足

23時過ぎて,WEBに支持率が出揃った。

共同 61% (9日は何時まで調査したのか?)
朝日 60%
毎日 66% (WEBへの掲載は共同についで早かった)
読売 64%
日経 68% (二段目と一段目の違いに注意)

民主党政権になってから,毎日の内閣支持率が高めになった。日経は以前からそういう傾向だが,二段階(重ね)質問が理由。読売は高めではなくなったか?。朝日は首尾一貫。

平均して64%。鳩山の各社平均が74%だったから,ちょうど10Pの差とはいいつつ,こんなに簡単にV字回復するなんて・・・

鳩山発足時:

共同 72%
朝日 71%
毎日 77%
読売 75%
日経 75%
NHK 72%

2010-06-07

沈まぬ太陽

遅ればせながら「沈まぬ太陽」をDVDで観た。原作も読んでいない。

あんないい子供に育つなら,それは幸せというものだな。

ooooooooooooooooooooooooooooooooo

fprで天井効果の話。
「へぇ」と思った。

学生にとって基準が欲しくなる気持ちは分からないでもいないが,マニュアル主義の弊害と裏表。作法など覚えないければいけないことが沢山あるのか,それとも本質的な理解がされていないせいなのか。

項目の出し入れは,いつも手作業で考える。

ある種の変数選択だといえるが,重回帰分析における変数選択と比較すると,形式化が強いような印象だが・・・。

芸術も混沌から洗練に向かい,様式化と様式美は,その頂点に達すると,形式化と形骸化へと転ずるのである。

ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo

顰蹙覚悟だけれど・・・
陸上日本選手権をみて思うこと。美しい。特に女子。同じ日の安田記念のパドックを歩くサラブレッドのように美しい。ウマも繁殖生活にはいると体型が変わる。究極的であるものは美的である。

ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo

毎日63,NNN62。たまたまNNNを観ていた。信頼区間を示す見識があるのだから,支持率は整数にまるめて欲しい。

ooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo

蓮舫・・・肩の力を抜いて欲しい。中学生のとき,あんな生徒会長がいた。

2010-05-03

憲法改正

世論調査では各社による違いがない。

改憲支持は朝日と日経で,まったく同じく47%(反対は4割)
毎日は質問が少し違うが,改憲期待が50%
最大の分散。意見が割れている。固まっていない。

もっとも,1条なのか,9条なのか,そういう質問ではなく
回答者は何をイメージしているのか。

2010-04-29

依頼

ここの1月くらい,偶然だろうが,立て続けに,いろいろなことを頼まれた。重なるものだ。

学会の指定討論が3つ。発表しないから討論を頼まれるのか,と思ったらそうではなかった。プログラムが鉢合わせしないだろうか。

査読が1つ。これは内容が興味深いのでOK。

シンポジウムが1つ。まだ先だが,自信満々ということにはならない内容。勉強か。

著書執筆が1つ。まとまった時間はない。永田先生は「毎日30分とか,1頁とか,そうやって書けばいいんだ」と以前,述べていた。もう何年も約束を果たしていない出版社があるというのに。テーマ設定の問題なのだろうか。

学会理事。縁遠い学会だったが。

雑誌の原稿1つ。世の中には頼まれたら断れない人がいるものだが,これは自分には書けないと思って,丁重に辞退。

委員が1つ。あまり負担にならない場合は引き受ける。

その他,いろいろ・・・

2010-04-17

心理学ワールド

「心理学ワールド」49号が届いた。

トピックスのもう1人の著者は安野智子氏であった。

2本とも昨年の総選挙を題材にしたが,編集者の意図どおりになったかどうか。

2010-04-11

井上ひさし

井上ひさし死去(4/9夜)の報に接す。

子供のころはTVでひょっこりひょうたん島をみていた。

高校の文化祭で「道元の冒険」の演出をやった。

ちょうど死の翌日,死を知らぬまま,講義で「東京セブンローズ」に言及した。
GHQとの「リテラシー・サーベイ」の紹介の文脈で。

2010-04-03

時代と社会

佐藤卓己が「青年の主張」のメディア史という連載を日経で開始した。
一回目で全共闘との対比で切り込むようなことを書いていたので,なんとなくどういう展開になるのか眺めている。

時代的気分と人口統計学的なシェアとは違うけれど,量的少数派であったことと,時代や精神への質的な影響とがどのように分析されるのか。青年の主張派もまた少数シェアではなかったか。そして全共闘はメディアであっただろうか。あるいはメディア史として成立するだろうか。

佐藤とほぼ同世代の小熊英二は「1968」を書いた。全共闘世代はどう拡張しても1956年生までだから,佐藤も小熊も次世代であり,あの時代は歴史的な分析・考察の対象であって,即自的には考えることはできない。

一方で当事者たちは肉体的な死亡も始まり,一部では40年総括を書き残しつつある。

佐藤らしく,全共闘と青年の主張という対比装置が,世論と輿論という対比装置でやったように歴史や時代が分析されることを期待するが,メディアから分析する限界は出現するのではないか。

個人的な感性とか印象でいえば,開放感ということが反復されるように思える。

共産党からブントが分離したときの,ある種のいい加減さとでもいうような開かれた感覚。
ブントの四分五裂の一方で出てきた全共闘のこれまた,ある種のいい加減さと開放感は,最悪の心性として赤軍の大言壮語,デタラメな内部関係の果てにたどった無残であったが,最良の部分で開かれた可能性は残ったように思える。

10年後の精神や社会は現象的に言えば,青年の主張の台頭ではなくて,漫才・お笑いブームの到来であった。
現在まで続く,タモリやたけしのメディア登場による開放感であった。

2010-03-24

1964年

報道ステーションでやった特集。

日劇,朝日,鳩小屋,有楽町,横丁

数寄屋橋,高速道路,東京オリンピック,路面電車,都庁

1969年,赤頭巾ちゃん気をつけて

昭和

2010-03-07

統計調査の非標本誤差

土屋先生の報告は,整理された教訓的事例として,おもしろく,この資料を保存しておきたいものであった。 (それにしても土屋先生の資料はいつもとてもきれいである)

消費動向調査(内閣府)=調査モードの変更
家計消費状況調査(総務省)=調査会社の変更
作物統計調査,農業経営統計調査(農林水産省)=調査員の経験(力量),調査モード
全国学力・学習状況調査(文部科学省)=調査票の変更

家計消費状況調査は,客体との信頼関係の問題のほかにも,落札価格の違い(A社とB社)の問題もあったであろう。

2010-03-01

油断

油断していると,どんどん貴重な土日が過ぎていく。2月がもう終わってしまう。

早めに,早目に,といろいろやろうとする。
e-TAXはすぐに済むかと思ったが,結局,やっと終わった。なぜか納税額が多くて納得できずに,よくよく確認してみる。景気後退で,収入も所得も減りながら,課税額は同じくらいで,源泉が少ない分だけ,納税が増えるのか・・・・? 面倒になって追求を放棄。送信してしまった。

やることが減らないのか,やるスピードや集中力が減退したのか,余計なことをしているだけなのか・・・

一時期,朝早く目覚めるようになって,いよいよこれが老人というものかと思ったが,このところずっと寝不足である。休日になるとずっと眠っていたい高校生のような感じ。芯から疲労が抜けていないような感覚。

余計なこと,とは何か,よくわからないが雑用と呼びながら,いろいろ引き受ける。

統計学会のセミナーに,発表テーマに関連する業界の人に参加を勧めたら,「学会員以外はお断り」と拒否されました,といわれる。「閉鎖的ですね」なんて言われてしまった。
驚いたな。非学会員は聴いちゃいけないなんて,言うかな。ついでに入会して下さい,というならわかるが・・・。
いまどき,知を開かず,閉じて,なにほどの益もなし。

2010-02-04

はずみ

何かの弾みとしか言いようがないが
レンタル屋で The O.C. を借りて観てしまった。

私の思い過ごしかもしれないけれど,Hotel California の歌詞がせりふに混ざることがある。

1970年代に Hotel California の気分だった世代の子供たちのドラマ。
1969年までに終わってしまったあとの,1970年代の世界同時的な気分としての Hotel California の音と詞。

ドラマは対比という構造を配置し,その界面活性化で継続性を維持するという装置になっている。明確で単純な,つまり二項対比の同時多発という単純構造にして,ドラマを連続化するという骨格にしてある。


あとは視聴のエンターテイメントとして,カネがあれば誰でもするようなファッションや風景や習慣や価値観や「問題」で彩色して骨格を覆っていく。
こういうところが視聴的おもしろいところであるが,いくつか「それはあり得ないだろ」という破綻がある。

破滅的な展開の体現として,Marissa が造型されていて,製作者たちに殺されていく。 こういう,かわいいだけの小娘はどうしようもないものだ,とでもいうように。

漱石の『虞美人草』の藤尾という女は死ぬしかない女だった。理想の女は『門』の御米。
作者たちはMarissaを殺す。 ここはあり得ない破綻ではなくて,必然的。 死ぬしかない女。

Hotel California の喩と,二項対立としての Newport への訪と去。車泥棒で始まり,車泥棒で終わる押韻。
むかし江藤淳は,漱石が出会い方を非常に丁寧に描いている,というような評論を雑誌に書いていた。TVドラマはそこに時間をさけないために出会い方が軽くなる。

作者たちがHotel California に意識的かどうかは,どうでもいいけれど ,

You can check out any time you like
But you can never leave

という最後の一節が勝手な思い込みでベースに潜在化している。地理的にNewPortを固定することで,人物のほうを移動させる。
Hotel California は地理的な所在物ではなくて時代的精神(気分)の喩。
California という地理的概念とハイウエイの移動とホテルという空間的概念で構成しながら,1969年という一言だけで,一挙に空間的概念を時間的概念に転化することに成功した。時間と空間の2軸の交差を喩的表現で象徴化することで,多くの人々に自分のことだと感じさせる領域を拡大した歌詞だった。

2010-01-23

危機一髪

先日、本郷で危機一髪を経験した。
夕方、赤門の前あたりだったか、向こう側へ渡ろうと信号待ちをしていた。
青に変わったので一歩踏み出したら、目の前を猛スピードで何かが通過した。
私は右側にまったく注意していなかった。 何か考え込んでいたか、何も考えていなかったかである。

自転車だったけれど、一髪なのか1ミリなのか、そのくらいだった。
うしろの婦人は「はあ!危ない」を繰り返し、おびえたような顔で両手を頬にしばらくあてていた。
あと3センチで痛い思いをした。命に別状はないけれどあのスピードだと大怪我になる。
彼も「ぶつかる」と思って、一瞬、わずかにハンドルを右に動かした。そしてブレーキをかけた。
かすったのは2ミリくらいか、彼の左膝が私の股間にかすったが、ちょっと響いただけで本郷三丁目に着く頃には、なにもかもなかったように消えた。

20年くらい前にも同じ経験がある。武蔵中原の駅からのこれも夕方の帰路で、信号のない車道を渡るところがあるのだが、日常的動作で行動していたのか、右側をまったく注意することなく一歩踏み出したところで、車が目の前を疾走した。本郷通りと違って、この狭い道は歩道はなく、クルマは道路沿いを走っている。目の前が見えなくなり、「あっ」と少し声が出た。風を感じた。接触する寸前だった。運転手は間違いなく私を「ハネタ!」と思った。急ブレーキをかけて、顔を真っ青にして、車から飛び出した。かすり傷ひとつない・・・。 やろうと思ってもできない「スレスレ」のワザであった(?)。

2回とも無意識なので、まったく動揺がなく、本人である私はケロっとしているのだが、あとで客観的状況を考えると死と隣り合わせにいたことになる。

死にそうになったのは、この2回と、あとは9歳のときに、裏山を駆け回って遊んでいて、急に足の下に地面がなくなって崖から落下した時で、およそ10歳、30歳、50歳と20年間隔で合計3回。悪人世に蔓延る・・・・。

4度目は20年後か、もっと早いか、そのときは、きっとお陀仏である。

2010-01-02

測定されたもの

CS調査データを分析して思うこと。
といっても平均値を眺めてのことであるが。
値の高い企業から、低い企業まで眺めてみる。

高位は非日常的なサービスであり、感動経験をしている。
低位は日常的なサービスであり、インフラでもあり、それは有用性はあるが、当たり前の品質である。しばしばフィジカルな側面も持っている。利用しているという感覚さえないこともある。
するとこれは経験価値の測定ということになる。

この尺度はの両端は、大雑把な整理では、

日常的・有用性・使用価値・フィジカル・汎用的・コトに付随する経験・インフラ

非日常的・無用性・経験価値・メタフィジカル・個別的・モノに付随する経験・スプラ

というように思えてくる。
消費者はどちらの価値にも消費することを納得するしかないが、どの程度で納得するかという問題と、どの程度の多くの消費者が消費するのか、つまり、総額としての消費量の大きさ、つまり業績との連動が問題になる。

2009-12-29

ソーカツ 2009

<学会>
ことしは総選挙が8月にあったせいで、ほとんどの学会は欠席した。
秋以降の学会ではJIMSに少し顔を出した。
堀さんの話を久しぶりに聞いた。新入社員のころ、高感度人間の話を聞いた。相変わらずお元気で何より。

JAPORは当然、総選挙の特集であるが、共同調査への言及は特になし。

家計経済研究所のパネル調査のセミナーも少し出た。どれもこれも「少し出る」ということで、どっぷりという余裕はない。内容の報告はもちろん興味深いが、パネルであるがゆえの測定上の特性や分析方法に興味がある。

テスト学会が早稲田であったので年内最終講義のあとに顔を出した。柳井先生の話は聞けたが、豊田研究室出身の俊英たちの最新の話が聞けなかった。豊田先生とも話す時間がなくて残念であった。用事があったのである。

<本>
青木「統計数字を読み解くセンス 当確はなぜすぐにわかるのか?」(化学同人)を買った。「当確はなぜすぐにわかるのか?」というタイトルで買ったのだが、実は当確がなぜすぐにわかるのかを解説した本ではなかった。内容とタイトルが違うというのは、ちょっとひどいんじゃないだろうか・・・。 内容そのものはいい本である。

西平先生から「世論をさがし求めて」(ミネルヴァ書房)をいただいていたが、御礼もしないまま、ゆっくり読みたいと思いながら、読めないままいた。どのページも面白い。ひとつだけメモしておくと、読売と時事の内閣支持率の相違のところである。
時事(中調)では、フェースシートが先頭にある。しかしフェースシートだけであって、そのほかの質問の最後に内閣支持が来るわけではない。ここに要因を強く求められないように思う。以前、西平先生から直接にもこの説は聞いたことはあるけれど。こういう問題は一度、実験するといいのだが、と思う。

<競馬>
武豊にかげりを思う。実績はあるが、それに比較して、ということである。
ウォッカを勝たせることができないというのが象徴的であったわけだが、それを含めていろいろとかげりを感じる。ルメールでJCを勝ったが、陣営が武にかえてルメールにしたのには、いろいろあったのであろう(スポーツ新聞を読まないので想像だが)。

有馬記念は16頭のうち、12頭がSSの血統であった2頭は仔であり、10頭は孫である。

<映画>
DVDレンタルの虫が再び。しかし、B級映画はやはりつまらない。時間つぶしにもならない(つぶす時間はない)。
「武士の一分」はTVの録画で見たが、よかった。レンタル店では借りる気が起きなかったのに・・・。ゲッタウエイのコンセプトだな。
よほど観るものがなくなったら、何度目かの「ゴッドファーザー」のブルーレイを3枚続けてまた観る予定。

<顧客不満足>
有楽町から日比谷に向かう交差点の2階にあるしゃれたレストラン。
注文してから30分以上は出てこない。調理場でできあがっても、ウエートレスはどの席の料理か分からず、冷めていく。後から来た客の料理が先に出される。さすがに怒り出す隣の客。混んでいるわけでも無し。近年珍しい、顧客不満足満点のレストランを8月に経験した。ぜひ再び、行ってみたい気にさえなる。

無印良品で室内ブーツのいいのがあったが、小さいサイズしかない。店員に「せめて25センチくらいのはないの?」と確認したが、そもそも作っていない。女性用か?。「男性でもいいと思うんだけど」「はい、お客様の声として伝えておきます」

<顧客満足>
N700系に乗ったら無線LANが使えた。快適。長いこと望んだサービス。何度か車掌に言ったことがある。「コンセントは座席にないのか」「MZONEは使えないのか」と。やっと顧客の声を取り入れてくれた。

無印良品に先日いったら、フリースで作った室内ブーツというかスリッパというか、欲しいものが作られていた。安いし、すぐ買ってきた。はいてみたら足袋みたいだった。でも、対価格満足は十分。

2009-12-27

printed media

たまたま借りたDVDでSTATE OF PLAY(消されたヘッドライン)を観た。

面白かった。プロの批評では内容に指摘もあるようだが、それはともかく
批評では言及されていないことで、気がつくことがある。

ネットメディア(WEB版)に対する新聞(printed media)の役割という対比をしている。

そろそろ対立や入れ替わりではなく、役割の違いということを明確にしていかなければいけない時期だ。

2009-11-26

実は,わたしも・・・

先日,茂木氏の講演に出て,彼の話(利他性)を聞いていたら,youtubeに触れて「あべ静江」をたまに聞いている,と述べていた。紅白歌合戦の時の映像など,要するに二十歳のあべ静江の絶頂のときの映像である。

実は,私も,同じことをしている・・・。みているのである。

「こんなきれいな女の人がいるんだ」なんて思っていた中学生(私は高校生であったが)。要するにミーハーである。

茂木氏はあまり踏み込んで述べなかったが・・・,あべ静江がブランクから復活してTVに復帰した時・・・このときの無念と驚きは,なかなかのものであった。(天地真理の復帰のときもすごかったが)。


ところで,おもしろいことに,現実には,そんな美人に夢中になることはよしとすべきでない,という理念が一方にあって,そんな言動に出る。美人をちやほやしてはいけない,外見で価値判断してはいけない,思想に内面にほれるべきだ,なんて思うべきだ,と思っていた,と思う。
いまなら,美人をみたら,ほめまくるオヤジそのものである。フェミニストも怖くない。

現実に,すごい美人と結婚した男がいた。六本木の瀬里奈で一緒に会ったとき,本当にきれいだなあ,と思ったが。薄情そうな女だなあ,という印象もあって,やはりすぐに離婚して,さもありなんと自分で納得した。

茂木氏は会場の質問に答えて,受難に立ち向かう人間と,へこたれてしまう人間の違いについて--「成功体験だ」と述べた。

私は違うことを考えた。そういうことを懇親会のときに,周囲の人に言ってみたけれど,あまり賛同を得られなかった。
愛されるべきときに,愛されるべき人から,十分に愛されたか否か,が分かれ道だ。愛されるしかないときとは,たとえば乳幼児期である。
あるいは,本当に甘い,甘えに関して,十分に甘えることができたか否かという体験だけが,甘えの許されない試練に耐える力の源泉になるのだ。逆境を乗り越えることができる。自殺を回避することができる。

2009-10-31

円楽の死

おそらく,もう30年ちかく前のことだと思う(私は日付を記憶することが苦手)。

新宿の末廣亭に,ふらりと入り,はじめて同じ空間で落語をきいた。それまでTVでしかきいたことが無かった。

最後に円楽であった。

途中から,すっかり聞き入ってしまった。観客も息を飲んでいる。静まり返った中で,円楽のよく通る声が響く。最後まで迫力があり,感動した。「聞き入る」とは,こういう求心力のことをいうのだな,と初めて「聞き入る」という状態を自覚的に感じた,と思った。 それは円楽の構成したひとつの世界であった。

テレビでみている(へらへらした)円楽とは違った。この当時すでに「笑点」の司会をやっていたかどうか忘れた。小学生の頃,友達が「あの先生は星の王子様の円楽みたいだ」などと言っていたことが記憶に残る。その時は円楽など知らなかった。

ほんとうに円楽の人情噺はすごかった。このときの演目は「抜け雀」であった。

弟子も何人かがこの噺をアレンジしたりしている。しかし円楽のオーソドックスな「抜け雀」のすごさと比較すると,物足りない。

落語は寄席で楽しむべし,と思った。
その後,たまにしか寄席に行かないけれど,演劇と同じく,同じ空間にいる同時性がいい。

2009-10-03

本2冊

なるべく本を買わずに,図書館で済ませたいし,まだ処分すべき本も片付いていない。
ということで実際に,本はほとんど買わない努力をしていたが,amazonの手軽さもあって,ついつい「これは間違いなくいい本だ」と思えると,買ってしまう。
2冊,買ってみた。(豊田さんも実践編を10月に出すという)。

どちらもいい本だと思う。

土屋先生の本は,レベル高いと思う。

南風原・平井・杉澤の本は,すごいと思う。有益と言う意味である。いろいろ知らないこともあったということもあるが,学ぶとか,分かる,とかいうことが,どういうことなのかと考えられている。
また,学生に教え,自分も学び,使い,という経験の中で,このようなテキストが価値あるものだと思い知らされる。





2009-09-13

選挙を「数学的に」

Newtonの2009-10号に

選挙を「数学的」に考えてみよう!

という記事があり,電車の中で隣の人が読んでいるのを見た。松原望先生監修というのが見えたので,さっそく買って読んだ。
かつて日経サイエンスに松原先生がEfronの翻訳記事を出してブートストラップ法を紹介したことを思い出す。
Newtonは学術雑誌とは異なり,読み物として関心を呼ぶ内容を考えて編集してある。
別冊の「時間」という特集も興味深いし,次号の「遺伝」の特集も面白そうだ。行動遺伝学の紹介や双生児を使った研究も出るらしい。SEMによる分析も出てくるのではないか。環境と遺伝との影響の大きさの定量化である。
こういうのを楽しみながら読むという時間もない。Newtonは創刊の時のことも覚えているが,購入したのは初めて。中学生の息子にガモフの本を見せても興味を示さず・・・。

選挙の記事は長くはない。1つはパラドクスの説明。もう1つは当確の話であるが,あまり新しい話は無かった。
開票率と標本誤差で当確を決める話は,いくつかのテキストに紹介されているが,実際にはそうしているわけではない。この説明の実践的な欠陥は,開票がランダムに進まないという点にある。地盤と開票された投票所などの変数が考慮されていない。
開票率0%での当確は「あまり統計的でない」けれど,「少しは統計的」である。出口調査を使うという意味において統計的である。

松原先生がベイズ統計学的に当選予測をする方法を解説しているのではないか,というのが購入した動機なのであるが,そういうことではなかった。

2009-09-01

歴史的初

いろいろ歴史的に初ということが多かった今回の総選挙であるが,個人的にやや驚き,注目したのは,投票率である。

衆院選の投票率において,男性投票率が女性投票率を上回ったのである。

選挙権が男性にしかなかった近代以降の長い時期をへて,戦後憲法下でも男性投票率のほうが高かったのであるが,しだいにその差は縮小していき,ついに1969年,逆転した。そして,その後,女性投票率は一貫して男性投票率より高く,その傾向に変化は無かった。

1969年は戦後生まれの世代が選挙権を得たときであった。

男女同権という戦後民主主義を体現する最初の世代である,この団塊の世代は常に戦後世代のトップランナーであった。

戦後は女性の時代であったともいえる。それが投票率にも表現されたのだと個人的に理解してきた。

戦後世代が還暦を迎え,戦後そのものが還暦を迎えた,この2009年の総選挙で,なぜ男性投票率がふたたび上回ったのだろうか。一過性なのか,今後も続く転換点なのか?

2009-08-09

災害

各地で大雨・強風・高波などによる事故。
蒲郡市でも水死事故。

まさか,とは思ったが,身近にこういうことが起きることも生涯のうちにはあるということか・・・

急遽,葬儀に帰省した。

2009-08-07

いろいろなこと

忙しいというのに,いろいろなことが起きるものである。

赤池先生が逝去。
一度だけしか,お会いしたことはないのであるが。
いつだったか,もう10年くらい前だろうか。美添先生が青山学院大学で赤池先生の話を聞くという企画をたてたことがあり,実は行ったのである。
AICの話である。セメントの話をされた。また,「なにか開発したら名前をつけろ」といわれた。名前を付けないとすぐに盗まれる,という話だった。AICの命名のことは述べなかったのであるが・・・。

覚せい剤汚染の一連の摘発。
大学コネクションの掃除のあと,あらためて芸能コネクションか。


大原麗子の孤独死。

マイケル・ジャクソンの晩年とその死も痛ましかった。

死はやってくる。

「大きくなったら,ああなろう,こうなろう」という思いは,もうない。

いま,しかない。

2009-08-01

夏の花火

街には浴衣姿の若い娘たち

窓の外では花火の音

普通の人々の生活である

無縁・・・

2009-07-30

最新の話題

きのう,本が届いた。


星野崇弘「調査観察データの統計科学-因果推論・選択バイアス・データ融合-」岩波書店


著者がこの数年間やってきた仕事の集成である。この若き俊才がこれから,どんな仕事をしていくのか,たいへん期待が大きい。

2009-07-25

Tukey

・・・・ただ,結果数字だけを提供するほうが,その系統的,および変動的誤差に関する,賢明で合理的な説明を添えることより,遥かに容易である。
しかし数字が重要な決定の基礎として奉仕するものである限り,添えられた説明は,数字そのもの以上に重要であるといえるだろう。
---Jon W. Tukey

Amer. Statistician, vol. 3, 1949, p.9

2009-07-19

国民性調査

「日本人の国民性調査」(統計数理研究所)2008年調査がやっと発表された。
統計数理研究所のWEBサイトも充実している。

回収率は52%で,5年前の56%から低下傾向を止められなかった。
今回は中央調査社ではなくて新情報センターが実査を受託した。

最初に回収率に注目してしまうところが,職業的な病気である。

これで2008年の日本の3つの代表的な社会調査の回収率がそろった。

61% = 内閣府「国民生活に関する世論調査」
58% = NHK「日本人の意識調査」
52% = 統数研「日本人の国民性調査」

国民性調査は,かろうじて50%を超えた。
20歳代の構成比は11%で5年前と同じ。国民性調査は成人のうち80歳以上を対象外としているので,他調査との比較ではやや過大だが,母集団14%に対して,なんとか1割の20歳代を回収した。

社会調査の最高権威のSSM調査はすでに2005年で44%となり ,半数以下の回収。得た情報より,うしなった情報のほうが多いという 事態に突入した。
訪問面接調査は,得るよりも,失うほうが多い調査手法となった。



2009年・夏へ

8月30日の総選挙前に,いろいろと片付けておく。

ちょうど原稿が3つ重なったが,幸いにも7月中に終わる。

「社会と調査」第3号(社会調査協会)
「Journalism」8月号(朝日新聞社)
「道標」(実務教育研究所)

2009-07-11

世界が尊敬する日本人

ニューズウイーク(日本版)の「世界が尊敬する日本人」に,幼稚園からの同級生で,しかも数少ない「友達」といえる山本昌男が選ばれていた。

うれしいことである。

どういう基準で選出されるのかは知らないが,初期にビエンナーレで評価されるなど,もともと国内よりも海外での評価が高かった。

私の手元に最初の銀座の個展で買った写真が2つ,飾りもしないで額縁に入れたままの状態である。いくらか価値が上がったんだろうか・・・?

写真なのできっと色が落ちているのではないかと思う。

娘が0歳(7か月前後か)のときに,撮ってもらったモノクロの写真が2つある。

2009-05-02

訳語

いつの間にか定着してしまった訳語:「傾向スコア」。
佐藤先生が最初に「傾向スコア」と訳したときに,違和感もあったし,センスいいのか悪いのか,と思ったものの,すっかり定着した。
そもそも日本人にとって発音しにくいという事情もあったと思う。propensity score .


これで良かったのかというのが「共分散構造分析」だが,なかなか「構造方程式モデリング」に定着しない。最初の普及のせいである。豊田先生が1980年代の終わりに博士論文や単行本を書いているとき,すでにSEMという用語はあったと思うが。
共分散分析似ているという欠点もある。
「グラフィカル・モディング」は翻訳しなかったが定着した。普及はどうだろう。「グラフィカル多変量解析」は,訳語のつもりではなかったにせよ,固有名詞にはならない。「ベイジアンネットワーク」も翻訳しようがないのか。もっとも人名があるから無理。

翻訳しなくてよかった,そして定着もした。「ブートストラップ法」。
松原先生が,もし靴紐法なんて訳していたら,妙なことになっていた。自釣法とか再自法とかしても意味不明瞭だろうし。

cross validation は「交差妥当化」,「相互検証法」の二種類が流通しているが,そのまま直訳だし,英語のママ使うことも多いという事例だ。

statistics は「統計」で良かったのだろうか。

「バンク」はbankでいいけれど「番区」という訳語を定着させてみたかった。もっとも本を書けばよかった,できたと思うけれど。
土屋先生のbank.n という表記も,かなり広がった,bank2というか百位バンクというか,2桁バンクというか,定着しないのは,我々の責任だ。


「決定木」も,あまりよい訳語ではない。ソフトウエアの自動翻訳かと思う。あるいは誰か責任者がいるのか。decision tree でよい。意味としては探索木だと思うが,こちらは英語が悪いように思う。
JUSEの多段層別分析は黙殺されたような印象すらある。当時はAIDであったのに,英語のほうでAIDに変わる名前が頻出したせいである。その名前もアルゴリズムの名前だったから,機能名称が必要になったともいえる。

2009-04-18

怠慢

このごろ神保町などにも行かないし、よい日常生活であるとはいえない。



大学が始まり、ひさしぶりに図書館に行ってみた。目に付いた本が2冊。いずれも昨年出版されていた。



2009-03-08

小沢

前回は中川のタイミングであった。
今回は小沢のタイミングである。

毎日 [3/6~7] 57% (33%), 16%
朝日 [3/7~8] 57% (26%), 14%
読売 [3/6~8] 53% (36%), 17%
共同 [3/7~8] 61% (29%), 16%

小沢辞任について,毎日と朝日は同じ57%(質問文が少し違うけれど)
読売は緊急ではなく,定例か。
内閣支持は2桁を維持している。

西松建設問題は,見え透いているかと思ったが,反応はあったということか。

2009-02-28

霏霏

おれたちに抵抗する分子は反革命である もしも
この霏霏として舞い落ちる雪
重たい火砲をひきずつて進撃するおれたち
が視えない諸君は反革命である

2009-02-23

最近

二段階の質問は、どちらかに方向性を持つ。

20代は継続的に回収困難に向かっている。

2009-02-06

二月

二月酷寒には革命を組織する

2009-02-01

劇場

この頃,映画館に行っていない。
暗い空間にひとり座り,映画を観る楽しみ。

最近は何をやっているのか?。

レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで
► ちょっと観る気になりませんね・・・。落ち込みそう。

007/慰めの報酬
► やはり娯楽がいいというか,楽しめるというか。

ロルナの祈り
► ヨーロッパ映画というか,深刻な作品はいやだな。

チェ 39歳 別れの手紙
► 観てみるかな

マンマ・ミーア!
► そういう,気分じゃないな・・・

シェルブールの雨傘
► 観てみたい。昔に戻りたい。人は老いていくもの・・・

ディファイアンス
► 観てみたい。どうしてシンドラー的な作品が再び作られるのか?

フェイク シティ ある男のルール
► 面白そうだ。観たい。

ザ・ムーン
► それなりに楽しめそうな気がする

旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ
► 面白そうだ。俳優もいい。「フラガール」のような楽しさ期待。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生
► 映画で人生を考えるとうのは,こういう作品のことだな。面白そうだ。

2009-01-25

接近

麻生内閣の支持率:

日経=19%(不支持:76%)
毎日=19%(不支持:65%)

各社の支持率の相違は50%近傍では10ポイント近いことがある。
区間0~100の上限・下限の範囲を持つという性質のせいばかりではない。
圧倒的に高い,または低い支持率を示すようになるとき,有権者は明確な意見を持ち始めている。
そうでない時,有権者は内閣の評価など日常の中で考えて暮らしてはいない。意見が明確でないとき,
「支持しますか,しませんか」という質問に,明確でない程度に応じて,曖昧に回答する。
この言明は実は混乱している。個人と集団の記述が混在している。個人内の心理的状況と,集団の心理的状況とは明確に区別できるのに,集団の比率を個人の心的状態に読んでしまうことがある。

20%近傍に達すると,各社の差異も小さくなる。

「どちらかといえば・・・」という意見は,中間的なあたりでは「支持」に傾き,20%あたりでは「不支持」に傾くということは,一般的か。

2008-12-14

政治記者と世論調査

世論調査については,しばらく学者による評論が続いていたが,ことしは政治記者による解説も出始めて,よいことである。いろいろな立場から議論されるとよい。

朝日の吉田は世論調査に焦点をあてている。夕刊コラム「人脈記」(民の心を測る)では2人でたくさんの世論調査関係者を取材をしたと思うので,補遺を含めてふくらませた本を書いてもいいのではないだろうか。



日経の芹川は世論調査から始めて,経験的な観点でまとめた。丸山に政界部といわれると,なにか政治記者の価値が低いように聞こえ,まるで政治思想史こそが崇高に思えるのだが,記者の専門的修練というものもあるのだ。



データを使う本のはしりは,朝日の石川だろうか。 世論調査ではなく選挙結果データであるが。

2008-12-08

本社版

朝日新聞夕刊の連載コラム「ニッポン 人・脈・記」の5回目(12/4)に登場した。たまたま愛知県に出かけて名古屋本社版をみた。それに先立ち,大阪出張のときにも確認していたが,東京本社版と大阪や名古屋の本社版はかなり異なっている。日経のように全国で同じ紙面という文化にいると驚くが,これまでニュースと広告だけが違うのだと思っていた。しかしコラムも違うのである。

同じなのは本文だけ。「見出し」が違う。レイアウトが違う。コラムのカットさえ,フォントは同じだが縦横も可変だ。写真も要素としては同じ写真だが,大きさ・配置が違う。トリミングも違う。
各本社の独自性が強い。また整理部の発言力も強いように思う。読売や毎日もそうだろう。




見出しは
東京本社版 「いざ選挙 紙面が戦場」
大阪本社版 「さあ開票 紙面上の勝負」
名古屋本社版 「対照的手法で情勢分析」

写真は
東京版では西平が一番大きくて,鈴木・清水が小さいカットで配置されている。ところが名古屋版では西平の写真はトリミングされ小さくなり,鈴木の写真はトリミングをせずに同等の大きさになっている。
この回は西平が中心であり,本文の行数もそれだけ費やされている。東京版の写真配置はその意図を反映したものだ。大阪版の写真はほぼ東京と同じ。

見出しは東京のほうがいいように思う。筆者の意図を汲んでいると思える。名古屋版の見出しも本文から拾ったもので,かつ西平を林との対比で描き出したところを引いている。間違いとはいえないが。

愛知県の友人は「世論調査に2つの流儀があって,お前は一方の雄なんだな」とメール。そう読んだのか,と思うわけだが,見出しの影響もあるかも知れない。
予測手法において西平と林が対照的であるということではない。2人の性格が対照的なのである。統計的な推計に対して,記者の議論による修正を許容する西平。「調査は政治部に常に勝って来た」と胸を張る林。
そういう態度が対照的であり,面白いところである。朝日と毎日の差異ともなっているが,議席数の表を掲載する点では一致。自信にあふれ,競い合っていると思える。東京版の見出しのとおり「紙面が戦場」なのである,関係者には紙面の競争という感じはぴったりくるが,原稿を読む限りでは,各社(読売,日経を含めて)の紙面競争を前面に出していない。背景にしまってある。

2008-12-06

加藤周一

加藤周一が死んだという。

高校生のときに「羊の歌」を読んで,文体を真似した時期がある。 加藤周一は中野重治の日本語が正確さを示しているといい、日本語が曖昧だという指摘に反論していた。
かなり読んだのちに,だんだん離れ,自己嫌悪的に遠ざかった。

「読書術」には,「美しいドイツ語を話すオーストリア人」が奥さんだという解説がついていたと思う。「羊の歌」にも,出てくる。息子もいたと記憶する。

矢島翠とは再婚だと思われるが,この経緯については知らない。

上野毛に住んでいた。
まったく無関係だと思うけれど,加藤周一の息子ではないかと勝手に思い込んでいる人物に,ときどき都営新宿線で会う(まったくの思い込みに違いない)

89歳であれば老衰ではないだろうか。

福永武彦,中村真一郎,と先に逝き,最後に加藤周一ということであった。

追いかけ,離れ,学生時代の思い出。

2008-11-21

テレビ出演

「朝日ニュースター」の「政治学原論」に出る。

ひさしぶりに原宿を歩く。相変わらずの原宿の風景。そんなに不況でもないのではないかという雰囲気・・・

おしゃべりは後悔しないように注意しないといけない。

講演と違って,想定外の話題がふられると,ドキッ。

2008-11-14

JAPOR

JAPORの総会は,仕事の合間に出たり入ったりで,懇親会にも遅刻。

アンケートと調査の区別を強調する吉野先生。ほかにも,調査の専門家の多くはアンケートと調査を区別する。内閣府も区別しており,その考え方がWEBサイトでも示されている。
この区別はよく分かるものの,日常的には区別されずに,使われている。「それはいけない」という叫びは届かない。私自身は,どっちでもいいという考えで,積極的ではない。教室では区別すべきだと言っているが,ほかでは,使われるように,使われればいいという態度だ。

かつて林先生はユニバースとポピュレーションの区別にこだわった。とても柔軟なところがある先生なのに,こんなところにこだわるのか,という印象であった。95%信頼係数は2でいいとか,数量化法における自由度の扱いなどでは,分析態度のほうを重視していて,一面では「柔軟」というか,おおよそ掴む,という印象だったのに。

西平先生が設立総会で講演者となっていたので,直接,ご本人から事情を聞いてみた。なんとなく想像していたような事情であった。




(NHKの小野寺氏撮影)

2008-11-11

誤読

麻生首相が「踏襲」を「ふしゅう」と読んでいるそうだ。国会答弁で「ふしゅう」と何度も言っているという。首相になる前からなので,ご本人は「踏襲」は「ふしゅう」と読むのだと思い込んでいるのだろう。

麻生首相のように他人にいやみたっぷりの言い方をする人が,中学生のような間違いをするので記事に書かれたりするのだろうが,誰しもいくつか,こんなことはあるのではないだろうか。

私はある時期まで,小説などに出てくる「名状しがたい」というのを,しばらく「なふしがたい」と読むのではないかと思っていた。調べもせず,声にも出さなかったが,誰かが「めいじょうしがたい」と言うのを聞いて,「そうか」と思った経験がある。そもそも「名状」が「名伏」に見えていて疑わなかった。

東京に出てきた頃「内幸町」はなんて読むのかな,と思い内心では「ないこうちょう」あたりかな,などと思っていたが,これは間違いだろう,とも感じていたので,声には出さなかった。
地名などは,まだ許される範囲であって,教養を疑われるというほどのことはない。

国会答弁では「目途」がよく出てくる。これを政治家が「もくと」と読むことが多い。「目処」は「めど」と読むが。この「もくと」と「めど」は,どうでしょうか?,IMEは両方とも変換する。

吉本の講演の音源を聴いていたら「大それたこと」を「おおそれたこと」と言っている。もうどうでもいいかな,という感じで聞いているが,たぶん「だいそれたこと」が正しい。もっとも「前文」はふつうは「ぜんぶん」と発音するけれど,新聞社の中では「まえぶん」と発音する習慣になっている。「全文」と区別するためだ。

「決定木」はどう読むのか,と議論になったことがある。「けっていぎ」はおかしいでしょ,というわけである。「けっていぼく」でなければ重箱読みになるということだが,重箱は「じゅうばこ」と読むのだから,いいような気もする。おかげでデシジョンツリーと発音する習慣になった。

魯迅の本名の「周樹人」を「しゅうきじん」と読んだら,先生に「それはおかしいですよ,しゅうじゅじん,です」と訂正されたことがある。

世の中,漢字の読めない人はたくさん居る。電話調査の会場でびっくりすること多し。

誰しも,1つや2つの傷はあるから,秘書官も麻生首相に「踏襲」は「とうしゅう」と読むんですよ。と間違いを指摘しにくいのでしょうか。真っ赤になりそう・・・

人間,いつになっても「穴があったら入りたい」ことはあるのです。

2008-11-02

秋天

きょうの天皇賞はすごいレースであった。

ハイセイコー vs タケホープ

テンポイント vs トウショウボーイ

に匹敵するか

ウォッカ vs ダイワスカーレット

TVで見ると、ダイワスカーレットが勝ったように見えたが、角度からして不明。同着かとも思ったし、長い写真判定会議が不安でもあった。

ウォッカはことしで引退して、ディープインパクトとの交配をしてくれないかと期待する。
ダイワスカーレットと3着のディープスカイはいずれもアグネスタキオンの子供、つまりサンデーサイレンスの系統だから、ディープインパクトとダイワスカーレットではやや近親交配となる。それでもいいのかも知れないが。
牝がこれほどの実績があると、交配も楽しみである。

しかし実績のある牝がよい種馬かどうか・・・

ウマも女の時代か。